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うちの店の隣は、八百屋。斜向かいには、豆腐屋。その豆腐屋の隣は、戦前はカンブツヤだったらしいんだけど――カンブツって知らない? そうそう、乾いた物って書く、その乾物屋だよ。かんぴょうとか、切り干し大根とか、干し椎茸とか、干した食べ物を専門に売る店。あたしが物心ついた時には、もう店をたたんでいて、トメさんっていうおばあさんが独りで暮らしていたんだ。
あれは、終戦の次の年だったかねぇ。とにかく、あたしが十か十一ぐらいの頃。夕方、豆腐屋へお使いに出されてね。
今みたいにパックで売ってるんじゃなくて、大きな四角い桶の中に水が張ってあって、その中に豆腐が沈んでるんだよ。こっちは鍋を持って行って、おじさんに頼んで豆腐を鍋に入れてもらうんだけどね、うちには住み込みの雇い人もいたから、いっぺんに五丁ぐらい買わなきゃならなくて――。
それはともかく、豆腐屋で、豆腐を鍋に入れてもらってる時、どこかで赤ん坊の泣き声がしたんだ。
あたしには兄弟姉妹が八人いて、あたしは四番目なもんだから、赤ん坊の声は聞き慣れてた。あれは、産まれて間もない子の泣き声だってすぐにわかったよ。
「お豆腐屋さんち、赤ちゃん産まれたの?」
豆腐屋は夫婦と、五つになる孝夫くんと三つの清美ちゃん、二つの好江ちゃんの五人暮らし。また赤ん坊が産まれてもおかしくない。けど、おじさんは「いんや」と首を振って、
「ほれ、木綿豆腐五丁。ツケとくからよ、お母さんにそう言ってくりょう」
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