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祖母と孫
卒業式を終えてクラスごとに企画された食事会をサボり帰宅すると、ぽかぽかと小春日和の陽が差す居間で彼の祖母が旅支度をしていた。大きな年季の入った革張りの旅行鞄にせっせと服を詰めている。
「どこか行くの?」
「挨拶」
「ただいま」
「おかえり。老人ホームだよ」
え、と彼は、榛色の目を丸くした。
「聞いてない」
「今日の朝決めたの。もともとあんたの親にすすめられてたしね。金は払っとくって言うし」
「この家は?」
「売るってさ。まあしょうがないね」
しょうがないしょうがない、と歌うように彼女は言う。
「あんたもどうするかちゃちゃっと決めちゃいなさいよ。多少蓄えはあるから住むとこ見つけたら貸してあげる」
彼女は親指と人差し指で円を作った。彼は愕然としてみっちり中身の詰まった鞄を取り落とした。中には高校三年間ずっと学校のロッカーに置いたままだった教科書やら何やらが入っている。持って帰るのが面倒でこっそり焼却炉に入れて朽ちるのを願っていたのだが、担任教師に見つかって入るだけ鞄に詰め込まれてしまった。入りきらなかった分はあとで取りに来いと言われていたが、彼はもう学校に戻るつもりはない。
「千代さんがいないと寂しいじゃないか」
「はいはいあたしもあんたがいないと寂しいよありがとね。これ住所」
大野木千代様と書かれた書類の入った封筒を渡される。裏返すと聞き覚えのない住所と施設の名前が書かれていた。
「どここれ」
「やあねえこの間合併したあとの名前が決まったじゃない。もうここは守(かみ)岐(ぎ)じゃないの」
町名はそのまま残るみたいだけどねえ、と。
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