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「年度が変わってから適用って広報に書いてあったけど、もう新しい住所で封筒作っちゃったんじゃない? だから気をつけなさいね、舟市」
「何を?」
封筒から目を上げて祖母を見ると、彼女は鞄に入り込もうとしたヤモリのような姿のうぞうぞと影をまき散らす何かを素手で掴んだところだった。少し迷う素振りを見せてから、窓を開けて外に放る。まだ冷たい風が部屋に入り込んで、突っ立ったままの舟市の首を撫でた。
「食べないの?」
さも当たり前のように彼は聞く。
「この歳になるときついのよ。口当たりの軽そうなやつならまだいけるんだけど」
一番おいしく感じたのはそうねえ、三十代の頃かしらと千代は少しうっとり語り出そうそして、ふと見た時計が午後二時を指そうとしていたことに気づく。
「あらいけない、三時に迎えが来るのに」
「今日?」
「そうよー。やるって決めたら早いうちにね」
そう言って少し慌てだす。舟市も手伝おうと上着を脱いで、部屋の片隅に鞄と一緒に寄せて置いた。
「そうだ舟市、卒業おめでとう」
ぽんっと思い出したように千代が言う。
「朝も聞いたよ。ありがとう」
舟市は笑った。
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