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「そうだ、薫さんは住むのにいい場所知ってる?」
少女は千代から薫ちゃんと呼ばれていたので、彼もそれに倣っていた。くすくす愉快そうにしていた少女はいったんそれをやめ、ううんと空中に両手で頬杖をついた。
「ちよちゃんが住めば都って言ってたよ」
「千代さんらしいなあ」
そんなやり取りをして、出掛けるための準備を整え家を出る。薫もあとを付いて来る。
「今日はどこいくの?」
薫は舟市の頭の上に手を重ねて、その上に自分の顎を載せて寛いでいる。一度首に腕を回されたことがあったが、あんまりぞわぞわしたのでやめてくれるようお願いした。千代と舟市に対する害意はなくとも、存在するだけで負をもたらす彼女はこれで実は悪霊だった。昔家に付いてきてしまったのを祖母が半分だけ食べて、大人しくなったそれからは話し相手として祖母と一緒にいた。そろそろ成仏しちゃうわねと一昨年聞いたはずだが、未だにしぶとく現生に留まっている。
「商店街だよ」
「神社の近くはやめたほうがいいよ。色々あるから」
「そうなんだ?」
「むかーしわたしもねえ、鎮守の森で藁人形打ったんだあ」
さらりと告げられた衝撃の事実。自分はともかく、薫は近づけないようにしようと心に誓う。今より酷い状態にでもなったら困る。舟市が自分で後始末をしなければ――薫を食べなければならない。
夕焼け小焼けを歌い出した薫を頭に載せたまま、舟市は古い住宅地を抜けて、小さな駅を跨いで反対側の大通りに出る。線路が南北に敷かれるのに対して大通りは東に真っ直ぐ伸びていて、その突き当りに件の神社があった。少し歩けば大きな鳥居が構えているのがありありと見えて、大通りがいかにも参道然として観光客もまばらにいたが、舟市が向かうのは旧参道とその脇に軒を連ねる商店街の方。大通りを右に逸れると、すぐにまた一つ広い道が現れる。大通りに比べたらいくらか狭い通りだが、こちらは地元の住民も多く賑やかだった。飲み屋もあるので、会社帰りの人々がたむろしている。
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