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舟市は上着のフードを被って、足早に目星を付けていた脇道に入る。人一人が通れる間を無心でしばらく歩くと、ふいに空気が変わった。そろそろだ。薫は朧月夜を歌っている。今日の夜空に月はない。家屋の壁が続く狭い通路の横から、ぬっ、と何かが伸びてきた。
――わるいこだ
頬を撫でたそれを掴んで指かなあこれと考えつつ、口元に寄せておもむろにかぶりつく。
途端に耳元で金切り声がした。
「あー……あんまり……」
手のような何かを掴んだまま咀嚼して、舟市は残念そうに呟いた。
「しゅういちくんもちよちゃんも、そういうの食べておいしいの?」
叫ぶ声を薫も無視して訊ねた。彼女にとっても聞き慣れたものだった。
「おいしいのもあるよ。これはちょっと……やっぱやめようか」
二口目を食べるか悩んで、舟市は掴んでいたものを離した。怨み言を発しながら、指を噛み千切られた手が暗闇に消える。特に見送ることもなく、再び彼は歩き出す。
「ちよちゃんはがね、悪食って遺伝するのねえって言ってたよ」
「ああ、言われたことあった」
「あとね、しゅういちくんが食べ過ぎないように見てあげてねって、言われてるの」
だから食べ過ぎちゃ駄目よ、と薫がいかにも年上ぶった物言いをするので、舟市は苦笑した。
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