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昔の話
舟市が幼い頃、祖父に似た榛色の目や少女染みた面立ちで、周囲からはとても可愛がられていた。柔らかな髪が伸びて華奢な彼が笑えば天使のようで、近所の住人にも評判だった。
そんな彼が不気味がられるようになったのは、彼が言葉を覚えるようになって虚空を指差し、あれおいしいよと言ったのが発端だった。
あれとは?
両親を含めた周囲には、何を指し示しているのかわからなかった。何度か彼が虚空を掴み食べる真似をするところを見た者もいたのだが、子どもの言うことだからとしばらくは放っておかれた。次第に彼は「あれ」を形容し始める。
「黒いのとか、いっぱい目があるのとか、足がないのとか」
彼はどうしてわからいのだろう? と思って親切に説明しているつもりだったのだが、段々周りは彼から離れて行った。両親はそういうことを言ってはいけないと教えたが、彼にとってそれが自身の明確な世界であったので、否定されたのが辛かった。
ある日のこと、彼は目の前を歩いて行った針のような足を持つ黒い影を見て、思いついた。
自分以外にも食べさせれば良いのだ。
そうしたら理解してくれるだろう。
さっそく彼の小さな手に収まる影を捕まえて、夕食を作っていた母にあーんしてと促した。まさか影を食べさせられると思っていなかった彼女は、おままごとか何かだろうと素直に口を開けた。彼女の口に影を突っ込むと、
「おいしい?」
彼は揚げ菓子を差し出したくらいの気持ちでいたため、果たしてわあおいしいと笑う母の姿を思い描いていたのだが――そうはならなかった。
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