4.煩悩(Side安原)

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 胸が脚に触れてるくらいなのに、指先はシューズの先端をしっかり包んでるのに、肘は柔らかく緩んで、上半身どこにも力が入っていないかのよう。  それでも肩に、背に、おのずと盛り上がる筋肉がある。けれど無骨な硬さなんて無くて、しなやかなラインを形づくり続いていく。肘、上腕、手首の尖り、骨張った手の甲、日に焼けて浅黒い肌の上をそよぐ産毛が、春の陽光を得て艶めく光を纏っている。  その腕に柔らかくまとわりつかれている脚は、筋肉質だがすんなりとして、シューズからのぞく(くるぶし)まで、どこもここもマジで尊い…… (なんてキレイなんだ…………)  この人と出会ってから、俺は詩人になった。  毎晩書いてる『加賀谷さんノート』には、気づくと礼賛の詩を書いてしまう。こんな才能あったか俺、なんて思うけど俺程度じゃ加賀谷さんの神々しさは表現しきれない。  もともと妄想多めだった自覚はあるけど、この人を見つけたときに、なんか降りてきたつうか自然に言葉が湧いてくるつうか。 (あ~、ワンチャン触りてえ。つうか舐めたりしてえ)  すると加賀谷さんは、なんと仰向けに寝転んだ! (えっ、なになにっ! マジでワンチャンいけるっ!?)  と思ったが、もちろんそんなことは無く、両腕を大の字みたいに広げて上半身を支えた加賀谷さんは、左脚を少し曲げた状態で上げてから、下半身を捻るようにゆっくり右側に落としていく。  これは確か、大腿だったか臀部だったかのストレッチ。  そう、ストレッチしてるだけ。  そんだけ、なんだ。だけ、なんだって分かってんだけどっ! (ヤバいってコレ! だって!)  だって目の前でっ、わわわ足おっぴろげって! しかも脚上げて交差とかなにやって……いやいやいやいやストレッチなんだってばっ! (あられもないっ、じゃないって~~~っ! つかマジやばいって、ヤバすぎだって~~~~っ!)  でも目に焼き付けとかなきゃだしっ! だから見てなきゃだしっ!! うああ鼻血出そうっ! 「おまえ、ヒマなのか」  エロいストレッチしながら言われたけど、今アタマん中と視界がめっちゃ忙しい! 「いえっ! い、忙しいですっ」  なんで怒鳴るみたいに返事したら 「うるさい」  眉寄せて怒られた。 「済みませんっ」  声小さくしたら囁くみたいになったけど。 「……忙しいなら、やるべきことをやれ」 「やってますっ」  めちゃくちゃヤってる最中っす! あっ、またそんな、脚上げたりっ! ケツのライン丸見えじゃないすかっ! あああ股間が露わにっ!! うああちょい手伸ばしたら触れるよね? 触って良いのかな?  いやいやいやいやっ! 落ち着け俺、これストレッチだってのっ! 誘ってんじゃねえってのっ! うわマジやべえ~~~ 「……今、の話をしているんだが」 「今現在、加賀谷さんを超目に焼き付けてますっ!!」  焼き付けるだけにしなくちゃって、マジ必死っす! 「………………」 「だから超忙しいっす!!」 「………………」  加賀谷さんは喋らなくなった。
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