5.犬の反撃

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「……サインは書いた」  コクコク頷いている犬の色紙を抱きしめる手が小刻みに震えている。 「これ以上なにが望みだ」 「え、……っ」  くちをパクパクさせ、声が詰まる。また言語障害か。え、以外言えないとかか。どうしたら良いんだ。 「のっ、」  お、違うこと喋った。ホッとした。 「のぞみ……」  呟きながら色紙を持った両手を伸ばしてくる。 「なんだ。もう書いただろう」  怪訝な声が出た。それ以上なにかやれというのか。いったいなにを……  が、なんと犬は色紙を横に放った。 「おまえ……」  せっかく書いてやったものを……! カッとして声を漏らした次の瞬間、両手が二の腕をガシッと掴んだ。 「………………」  なんだこのスピードは。いつの間にこんな近くに…… 「うわあ……触っちゃった……」 「……なにを言ってる」  間近で見る目がなんだかおかしい。いや元々か? 「ずっとこんな風に……」 「は?」 「触りたかった……夢みてえ……」  やっぱり意味不明だ。不明だが息がハアハアと異常に荒い。二の腕を掴んでいた手が、おずおずと胸や腹に移動している。 「うわあ……うわあ……」  腹筋を撫でる手首を掴んだが、もう片腕は背に周り、僧帽筋から三角筋、広背筋へと、筋肉に沿うように撫でている。  ……なんだこれは。 「なにをしている」 「触って、ます」  それは分かる。実際触られているから、言わなくても分かる。  聞きたいのは、そういうことでは無い。これはどう聞けば望む回答が返るのか。 「………………」  眉を寄せていたら、背に回っていた腕に引き寄せるような力が入った。  が、むろん不動。  この程度の力で引かれたくらいで動くような鍛え方はしていない。すると逆にのしかかってきた。  が、むろんその程度の体重を支えられないことなど無いので動かない。つまり体勢はまったく動いてない、が。意味不明だ。  勝手に人の肩口に顎を載せて「くぅぅ~~」とか言ってる意味が、本気で分からない。 「だから……」  言いたいことがあるなら声に出せ。 「なんなんだ」 「すっ、好きです」 「………………」  それは分かっている。これだけつきまとわれ、ふやけた顔を見せられていれば、そうとう好かれているのだろう、ということくらい分かる。 「あっ、ていうか尊敬してます」  なるほど。だからサインが欲しかったのか。ならばなぜ、さっき投げた。 「いえ崇拝っす! むしろ神っす!」  そうなのか。カミとかいうのは分からんが崇拝というならば、なぜトレーニングの邪魔をする。  というかいつまでくっついているつもりだ。  ……というかなぜ、ケツを揉んでいる。 「ああ……おいしいっす加賀谷さん……」  そしてなぜ、首を舐めてる。
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