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1.星の河
思わず唸るような声が漏れていた。
漆黒の天空にちりばめられた幾万の星屑。まさしく降るような星空。
光る砂粒はある場所で密集し、ある場所では流れるように散らばって、まるで光る河のようにも見える。なるほど、天の川とはこのことか。文学的な語彙に乏しいのでうまく表現できないけれど、素直に美しい。
などと考えながら、加賀谷泰史は天を仰ぎ見ていた。
キャンプサイトの端、川を見下ろす位置にある腰高の柵。それに背を向けて寄りかかり、両手で横木をつかんで半ば反り返るような姿勢になっている泰史の、唸る声すら消え失せた半開きの唇から、深いため息がこぼれ落ちた。こんな風にのんびりした時間を過ごすのは、いつぶりだろう。
微かに聞こえた河のせせらぎに惹かれるようにここまで来て、空を見上げたら、そこに降るような星空があった。
幼い頃、家族で行った箱根の山奥でも、似たような空を見上げたことを思い出す。
そよぐ風に促される葉擦れ。背後から聞こえる川流れ。いずこからか聞こえてくる、微かな虫の音。
どれも心地良い。
脱出は、やはり正しかった。そんな確信に満ち、くちもとには薄い笑みが乗っているのだが、鋭すぎる目つきと尖った鼻のせいか、強面に磨きがかかっただけである。
山の中にぽっかり開けた川沿いに、合宿設備とキャンプサイトが併設されているここで、毎年入学式の一週間後に二泊三日の日程で行われる学校行事『交流合宿』。
男子校らしい少々乱暴なイベントも含めたもので、第一の目的は学園の雰囲気を新入生に感じ取らせること、そして学生たちの知己を強制的に増やすことも目的のひとつである。一年と二年の、そして一年同士の交流を促すのだ。
ランダムに編成した班での対抗イベントなども行われる。ちなみに三年は参加しない
初日の今日は顔合わせと自己紹介、食堂で夕食をとり、集会室で交流イベント、班編成が発表されたのち入浴、就寝、というタイムテーブルだ。
というわけで夕食後、集会室に集められた一年は、恒例イベント『全員アッチ向いてホイ』を始めた。二年の半数が厳密に審判し、優勝者を全力で讃えるだけなのだが、異常に盛り上がるため毎年ツカミとして行われている。
交流合宿は二年が企画を立て運営するのだが、立案者たちは例外なく一年前に合宿を体験しており、二年にあれこれ命じられアホくさいことをやらされ、ほぼ全員が不満を感じている。ゆえにイチから企画しようとなったとき、昨年の不満を解消しようとする者が大半を占めるのだが、その方法論は大きく二分される。
一方は『昨年のようなアホくさいことはやめて有意義なものにしよう』と考え、そしてもう一方は『去年自分らがやらされた屈辱を一年にもやらせずにすますものか』と考える。
その折り合いをつけて合宿を成立させるべく、二年生たちは年が明けてから四ヶ月ほど話し合いを重ねている。二年生同士の繋がりを強めようというのも目的のひとつなのだろう、ということは分かる。分かるがこういうのは向いてない。
昨年は強制的に『アッチ向いてホイ』に参加させられ、危うく優勝するところだった。あれは真実恐ろしかった。
今年は審判をやらされそうになったが断固として断り「雑用を任せてもらおう」と眼光鋭く言い放ったのだが、始まってしまえば雑用係の仕事はほぼ無い。
準備には協力したし、座っていただけだが企画会議にも参加した。これでイイことにしてくれ、という思いで盛り上がる集会室を見ていた。この後は椅子取りゲームが始まるはずであり、両方の優勝者を褒め称える時間がそれなりにある。つまりあの騒がしさは、おそらく一時間半ほど続くだろう。とてもついて行けそうにないと、こっそり抜け出してここに来た。終われば入浴時間。それまで戻る気など微塵もなかった。
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