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19.日常風景
「うおーっ尊い、尊すぎるっ!! 神の輝き放出しっぱなしスかっ!! 惜しげもねえっ、あー尊いっ!!」
ひたすらカメラを覗き込んで撮影しまくってる一年安原。
やはり残念にしか見えないし、うるさいコトこの上ないが、コーチにより異常なほどの観察眼を評価され、撮影を依頼されてるという都合上、誰も文句は言えない。
「神々しいっ!! 一瞬たりとも目を離せないってなんスか、吸引力さすがっす!! 腕にも股にも余計なチカラ入ってないのに、まるで飛んでるみたいに軽快な足運びサスガっす! シューズのつま先まで尊いっす!! 一瞬グラウンドにフィットして、てか蹴り足から土塊ひとつ飛んでないって、どんだけスかっ!!」
声が漏れてる自覚は無いようだが、自動的に発揮され続ける観察眼を持つ一年安原にとって、最高のバランスを保つ加賀谷泰史が神でしか無いらしい、ということも理解されてきて、すでに見慣れた風景になっている。ゆえにグランド周りの連中は淡々とやるべきコトをやっている。
といっても、その価値観は誰とも共有できていない。
(なんでみんなコレ分かんねーかな? 明らかめちゃ分かりやすいじゃん)
なんてことを思っている郁也なのだが、自分が当たり前に把握している微妙な筋肉の動き、体勢や力の流れといったものは通常、画像をスロー再生すれば見える人には見える程度のものであり、常人には分からない、ということは理解してないし、無意識にくちから零れる礼賛の言葉は、どんどん音量を上げている。
ゆえにいきなりアタマ殴られたり背中どつかれたりする。
「気が散る」
「おとなしく撮ってろ」
注意すると、とりあえず声を抑えるよう意識している、ようなのだが、
(背筋がほんの気持ち前傾姿勢てかコノ安定感ぱねえ~~~、腕の振り自然てか、大きすぎねー小さすぎねーじゃすとな感じ! うぉーパワーの流れ見えるよコレ!!)
半開きのくちはだらしなく緩んでヨダレがこぼれ落ちそうで、周囲からの視線は呆れを交えた物になっている。
(めちゃ調子よさそうだな~~、て、おお!! この横顔! 放心したような顔になっててカワイイ~~~っ!! ズームしねーと)
しかし郁也の行動に迷いは無い。いつもにまして神たる泰史が美しく輝いて見え、他の部員も撮影するよう依頼されてることなど頭から飛んでいる。
(輝き続ける加賀谷さん、一瞬たりとも見逃すわけにいかねー、てか蹴り出す一瞬脹ら脛の筋肉盛り上がって、パワーが地面へしなやかに伝わってく流れが~……あああ股の筋肉もやべえ、マジどこもここも神々しいっ!!)
「おいこら」
後頭部に衝撃を受けると同時、カメラを奪われて至福の鑑賞を強制的に中断され、怒りと共に顔を上げると、そこには睨み下ろす広瀬がいた。
スポーツ科二年、マラソン専攻、いつもわりと難しい顔してるのだが、いちだんと怖い顔になっていて、ちょいビビる。
「な、なんすか」
なにげにビビった郁也はヘラッと引きつった笑みを向ける。ここで『常に怖い顔の加賀谷にはビビらないのに、なぜ広瀬にビビる』というツッコミが外野から入るが、郁也に自覚が無いためスルーされる。
「六人全員を撮れと言われただろう。なぜあいつばかり撮ってるんだ」
「え、いや、そりゃあ……加賀谷さんから目を離せないってか。しょうがないッスよね~、あんだけの輝き、もうサイコーってか」
てへへ、と照れながら言うので、また別の拳が頭を殴る。
「ふざけんなよ! コーチが言ったんだぞ」
療養中のため見学している鴻上が真顔だ。
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