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「てか殴らなくても良くない!?」
「トレーニング中からずっと、何度声かけたと思ってるんだよ! 聞こえてないみたいに無視してただろうがおまえ!」
いやいやいやいや、そんなんゼンッゼン聞こえてませんからマジで! と抗弁するのだが受け容れられることは無い。ヘラッとしまりない顔しているからなのだが、やはり本人に自覚無いためスルーされる。
「おーい、おまえらクールダウンは終わっただろ。身体冷やさないようにしないと」
「コーチ! こいつ今日も加賀谷しか撮ってません!」
広瀬の注進に、コーチは困ったように眉尻を下げた。
「安原君、頼むよ」
「はあ」
ヘラッと笑うが、正直『神』以外の映像なんていらねーと思っているのでまったく真剣味が無いのが丸わかりで、周りもどうせ~、という雰囲気になってる。
「コーチになにを言わせてんだよバカッ」
また鴻上が殴った。
「なにすんだよっ!! 親父にも殴られたことないのにっ!! て、あっ! 今自然に出てきたけど、このセリフ、前からいっぺん言ってみたかったんだ、言っちゃった!!」
もっかいちゃんと言おう、なんて考えてる顔もだらしなく緩んでいるので、詳細は不明でもどうせ下らないことを言い出すのだろうと、周囲には丸わかりである。
「殴ったな? オヤジにも……」
ゆえに拳握りしめ、情感たっぷりに言い始める郁也を放置で、皆スタスタ離れていく。
「え? ちょ、聞いてよぉ~~」
こんなん一人で言ってもぉ~~~、と手を伸ばすのだが、視線の先に神々しい後ろ姿を見つけてハッとする。
(ちょま、加賀谷さん、いつのまにあんな遠くにっ! やばやば行かねーと!)
置いて行かれまいと寮への道を走る。
(今日こそ隙見て生着替えっ!! てか入浴シーンも激写するっ!! てか今日はあ~んしてもらえるかなあ、また手料理食べたいなあぁぁ~~)
なんてヘラヘラしてるので、あまり慌ててるようには見えない。
しかも寮に到着すると陸上部メンバーにガッチリ固められて、まっすぐ食堂へ連行されてしまうのだ。
当初、コーチは言った。
「うちのかみさん、料理はウマいんだよ。もりもり食うのを見るのが好きだって言ってるし、君の話をしたら毎日でもOKって言ってた。なんで、うちで喰ってから一緒に寮に来て」
「ええ~~!? やだ!」
しかし郁也はごねた。
「一緒にメシ食いたい!! やだやだ、絶対隣であーんとかしてもらったり、なんなら俺があーんしてあげたいッス!!」
『あーん』はともかく、寮で食事くらいは良いだろうと泰史以外全員が頷いたので、コーチが郁也の食事代を負担するとして、食堂で夕食を摂れるようになったのである。
しかし。
初日、郁也は当然のように二〇八号室へ向かって、そこに泰史の姿が無いと知ると、まっすぐ浴場へ向かってウキウキでカメラを構えたのだ。
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