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そのとき泰史はいなかったのだが、まさに入浴しようと脱衣していた寮生たちは、いきなり現れてニヘラとカメラを構えた不審人物にビビり、大騒ぎになった。
「なんだコイツ!?」
「怖いんだけど!」
そこに現れた泰史に向こうずねを蹴られ、倒れたところを首根をつかんで食堂まで連行された。
そういう前科があるため、陸上部以外の寮生からは、不満の声が上がる。
「落ち着いて風呂に入れない」
「なんかずっと気持ち悪く笑ってるし」
「変なやつにうろちょろされたくない」
「勝手に部屋に入ってきそうで怖い」
しかしいくら言いきかせも
「え? なんでスか?」
ヘラッと笑うばかりで、なにを怒られてるのか全く理解していない状況だった。
「他の人なんて撮るわけないじゃないスか。加賀谷さん以外どーでもイイつか」
「そういう問題じゃ無い。入浴時間は身体のメンテナンスに重要なんだ。邪魔するなど許さない」
ギッとにらみ据える神に言われれば従う。
だが、いつなにをやり出すか全く予測できないため、寮生全員の総意として、食堂と加賀谷の部屋以外出入禁止となり、責任を持って陸上部員が交替で見張ることとなっている。
「加賀谷さんのとなりで食べたい! あーんしたりされたりしたい!!」
そして当然、郁也の希望はあっさり退けられた。
加賀谷が嫌がっているのは丸わかりであったし、そんな光景見たい奴など一人もいなかったからだ。
ゆえに見張りとして抜擢された鴻上か広瀬の隣の席に座らされ、声を発する度に黙って喰えと側頭殴られたり横腹や股をつねられたりしている。トイレにまで見張りがついてくるので、生着替え目撃どころか寮内で自由な行動は一切できず、当然神の入浴シーン激写もできないままだ。
つまり、郁也が当初目論んだ天国からはかなり遠いが、すべて身から出た錆である。しかも、そんな状況下でも、やはりヘラヘラしてるのだ。
(感覚を共有ってことスよね! 神の近くで同じもの食えるんだもん、こんだけでサイコーッス!)
ゆえにもちろん、誰も同情などしていない。あくまで生ぬるい目に囲まれている毎日だが、ひたすら幸せそうな郁也である。
そして今日は、いつにもましてニッコニコだった。座らせられた椅子が最高だったのだ。
(ここって隣、加賀谷さんだよね!? だよねだよね、いつも鴻上か広瀬さんの隣で加賀谷さんに背中向けてしかもテーブルひとつ挟んでるポジションなのに! てか隣ってコトは! コレやっぱ『あーん』とかしたげたりしてもらったり……できるってコトじゃね?)
が、当然『あーん』は拒否され、なにか声を上げる度に向こう脛を蹴られ続けて夕食を終える。
実のところ、ブツブツ恨み言を言い続ける郁也の声は、上がるテンションに合わせてデカくなっていくので、食堂内に響き渡ることもしばしばで、うんざりする者が出てきていたのだ。
たまには希望を聞いてやってもイイんじゃね? という声に応えた結果であるが、むろん郁也はそんなこと知らない。
これこそ神の采配とばかり、天に向かって感謝の祈りを捧げそうな勢いであった。
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