20.犬の居る日々

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20.犬の居る日々

 六時前に起床、朝トレ、シャワー、朝食、授業、昼食、授業、トレーニング、食事、入浴、ストレッチとミーティング、勉強、二十二時までに就寝。  生活のペースは変わらない。  が、犬は毎日来る。  トレーニング中、騒がしいのはすでに日常で、気になるほどでは無い。周囲もあまり気にしていないようだし、時々鴻上あたりが殴って黙らせているので問題無い。  変化があるのは個人ミーティングだ。  入浴から戻ると犬が待機していて、たいていベッドの上でヘラヘラしている。動かぬように牽制し、コーチが来ると動画を見ながらミーティングをするのだ。  鴻上の異変を確認した翌日、病院で膝付近に炎症が見られると診断された鴻上は、一週間は安静にするよう命じられた。トレーニングのみならず体育の授業も休んで療養するよう、そしてしばらく通院するよう言われて、そのとき医師が言ったという。 「このまま続けてたら、もっと悪化した怖れもある。この段階で来て良かったよ。みんなも君のように早く診察に来てくれれば、酷い怪我になる前に予防できるんだよね」  勝ちたいと思わないアスリートはいない。  誰もが故障は恐ろしいが、訓練を厭う者は成績を残せないということも、誰もが知っている。  ましてこの学校は近くに大きな病院が無い。少々の不調で病院通いする者はきわめて少数だ。  ゆえにたいていの場合、熱を持っていれば冷やす、トレーニング後にマッサージなどで筋肉をほぐす、少し休めば引く痛みなら休むなど、その場その場の対処で終わりがちだ。  たいていの場合、それで問題無い。しかし今回の鴻上は違った。  今回のように危険を察知できるなら、いちいち病院まで行かずとも判断できる、大変ありがたい話である。  つまり、非常に腹立たしいことに、あの犬の利用価値が証明されてしまった。しかもそれを一年が吹聴したため、陸上部以外からも注目されるようになり、寮の食堂で話しかけてくる者も少なくない。 「きみ、今度サッカー部も見てくれよ」 「体操部にも来てくれないか」 「陸上部の専属ってわけじゃ無いんだろ?」 「はい! 加賀谷さんの専属っす!」  たいていの場合、会話は噛み合っていないが、そいつらとだべっていれば良いのに、なぜか必ず部屋にいて、下らないことと有益なことを垂れ流し続けている。そして他の連中のミーティングも、そのまま二〇八号室で行われるようになった。やつがここから動こうとしないからだ。 「いちいち他の部屋に行くとか! このPCで全部見れるんだから、みんなコッチに来た方が早くないスか」  拳握りしめて主張する内容は、珍しくも理路整然としてツッコミどころも少ないので受け容れられてしまった。妙に怪しく目が輝いている、不穏なものを感じると主張……しようとは思ったのだが、言えなかった。  鴻上の一件があってから、やつは陸上部員のみならずスポーツ科全体で注目されている。気軽に向こう脛を蹴るなど出来ない雰囲気だ。  広瀬や鴻上など一年がしょっちゅうどついてるが、ヘラヘラ笑っていて、まるで反省の色が見えない。  グラウンドでもトラックでも好き放題に動いているのは前と同じだが、多少トレーニングの邪魔をしても、長距離チーム全員を撮れという指令をちゃんとやってなくても許されている。
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