20.犬の居る日々

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 ……集中、しやすくなっている。  いや違う、あくまであいつを見ないようにしている副産物であって、あいつのおかげというわけでは…… 「……ふうん? じゃあもらっちゃおうかなぁ」  いつも通り、奥沢はヘラッと笑った。  いや違う、目が笑ってない。と思った次の瞬間。  ガスッ  音がした、と思う前に倒れていた。 「なめんなよぉ~加賀谷ぁ~」  見下ろしてくる奥沢の少し歪んだ笑みに、握りしめたままの拳に、殴られたのだと知る。 「おまえが一番影響受けちゃってるくせに、なに言ってンの?」  ……影響?  おまえこそなにを言ってる。被っているのは迷惑だ。なんで分からない。  眼の奥から、激しい怒りが拭き上げる感覚で視界が赤くなる。沸点は低くない方だが、殴られておとなしく従うほど素直でも無い。  ギリッと見上げようとして、横から衝撃を受け、視界が阻まれる。 「加賀谷さんっ!!」  犬……安原が、いつの間に来たのか、抱き起こしてユサユサ揺さぶっている。 「大丈夫っ!? いやだ加賀谷さん死なないでぇぇぇぇっ!!」  ……いや。死にはしないが。 「どうしてっ!? なんで倒れてるんスかっ加賀谷さぁぁぁぁぁんっっ!? 今日調子良かったじゃないスかぁぁぁぁっ!!」  おい、しがみつくな。生きてる、だから離せ、揺らすな。  そんな一心で犬を引きはがす。 「落ち着け」 「ああっ、生きてたぁぁぁっ!! 良かったぁぁぁあっ!!」  なんで……泣いてる。  というか大泣きだ。涙ってモンはここまで大量に流れるものなのか。 「良かったぁぁぁぁ加賀谷さんっ!!! 抱きしめていいスかぁぁぁっ! いいスよねっ無事だったんだからっ!!」  良いわけがない。  というか、まだ頬に涙流れてるくせに、なんで締まりなくニヘラと笑ってるんだ。  眉が寄ったのも無自覚なら、ゴインとアタマを殴ったのも無自覚だった。 「痛った~~~~っ」  しがみついていた手が頭へ移動し、解放されたのでホッとしつつ立ち上がる。  ケツをパンパンと払っていると、吹き出す音とゲラゲラの笑い声が聞こえてきた。  奥沢が笑っている。さっきのはなんだったんだ。イラッとする。  戸惑い、苛立ち、それを押し殺しつつ周囲に目をやると、生ぬるい笑みで注目されていた。 「痛いっすぅ~~、いつもより五割増しくらい強くないスか~? 」  ……力が抜ける。  殴られた衝撃も、目の笑ってない奥沢も、反撃寸前まで噴き上がった怒りも、それから……色々考えてたことが全て、どうでも良くなった。 「つうか生きてて良かっ」 「黙れ」  黙った。  地べたに座り込み、両手をアタマに当てたまま、目尻や頬に涙のあとが残るまま、上目遣いに見上げてくる。  気づくと手を伸ばしていた。  伸ばしてしまった。 「わぁっ!!」  手は、ガシッと拝むように両手で掴まれた。  成り行き上、助け起こすと、ぱああ、と音がするほどの勢いで顔が紅潮し、満面の笑顔になりつつ立ち上がり、手を広げ 「やったぁ~~~!」  言いながら、しがみつき……いや、これは。  身長差があるため、胸に顔を押し付けられてる格好になっているが、……抱きしめられているのではないか。 「……離せ」  注目を浴びているのだ。こんな状態に甘んじるわけには行かない。  しかし。 「めちゃ感激っすぅ~~~~っ!!」  犬はギュウギュウと腕に力を込め続けている。
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