20.犬の居る日々

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 仕方なく人目の無いところまで引きずっていく。くちから離した手がヨダレでびっちょり。イラッとして犬の制服のズボンに擦りつけて拭う。 「えっ!! こんなところでっ!?」 「なにを言ってる」 「イヤすんません、どこでもイイっす! カンゲキっすっ!!」 「黙れ」 「脱いだ方いいスかっ!? あっ、でも俺加賀谷さん以外に全て晒すのは……っ!!」  なんで黙らない。  なぜか身をかがめ、ベルト辺りを触ってソワソワしてる犬に苛立ちが募る。本能的に頭突きをかまそうとして、こいつが石頭だったのを思い出した。以前頭突きしたときダメージを受けたのはこっちだった。  打ち付けようとした頭の勢いが緩んだ瞬間、犬が顔を上げ、顎先に唇がぶつかった。いや、もう少し上だったかも知れないが……黙った。  ホッとして襟首を掴み直す、が。  なぜか眼が、妙に爛々と輝いているような気がして、思わず手を離しクルッと背を向けた。 「えへ、えへへへ……」  変な笑い声が聞こえる、ような気がする。  が、気にしないようにして医務室へと足を進める。黙って後からついてくる犬の息が異常に荒く、変な笑いは続いている。 (考えるな。考えたら負けだ。ともかく医務室。治療が終わったら寮の部屋にぶち込んで説教だ)  振り返ること無く進む。  ゆえに郁也が非常にだらしない笑みを浮かべて、真っ赤になっていることに気付かない。 (どうしよう、キスされちゃった! コレこの先行っちゃうってコト? だよね!? えっ、寮の部屋で!? そんで可愛がってくれるとか……やっ、やっ)  そしてとんでもない妄想を展開していることにも。 (ヤッターーーーーッ!! キタ! キタよコレっ!!)  さらに興奮しまくっていることにも、もちろん気付かない。うっとうしさにひたすら苛立ちを深めつつ、進める足は速くなる。 (うわーそんな急いで加賀谷さんってばっ! てかどうしよ、風呂とか準備とか俺なんも……いやいやこういうのって流れとか勢いとか大事じゃん? さんざん学んだもんねっ!! もう俺考えないっッスなんでもして下さいっ!!)  そしてこっそり後をついてきた奥沢が、複雑な笑みを浮かべつつ、くちびるを噛みしめていることにも、もちろん気付かないのであった。
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