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『シリーズ箱根駅伝 選手だけではない駅伝の魅力』記事抜粋
東陵学園大学、加賀谷泰史選手。
一躍『山の神』の称号を得た、期待の新星である。
昨年予選会優勝という見事な成績を残し、何度目かの箱根駅伝出場を果たした東陵学園大学。
先日の箱根駅伝本戦でも、四位という駅伝部創設以来最高の結果を得たのは、読者諸氏も記憶に新しいだろう。
一年にして予選会の十人に選ばれた加賀谷選手は優秀な結果を残して、本戦では五区を走り、区間賞を取るという快挙を果たした。
求道者を思わせる真摯なまなざしで走る姿が多くのひとびとに好感を与えたのは記憶に新しい。取材を受けても浮ついたところは無く、一年生とは思えない落ちつきのある選手である。
部員によれば彼はとても無口で、インタビューに答えられるのか心配な程なのだと聞いたけれど、ひとつひとつ言葉を選び答える姿勢に記者も好感を持った。
このように注目を浴びる加賀谷選手のそばには、いつも楽しそうに笑っている安原郁也という専属トレーナーがいて、常に大声で加賀谷君を激励し、褒め言葉を叫び続けている。うるさいほどなので、他の選手の集中を欠くことになるのではないかという懸念を駅伝部部長に向けたところ、部長は笑顔で答えた。
「試合に向けて集中力を養えます。むしろ良い訓練になるんですよ」
初老の部長から見れば、部員たちは孫に近い年齢であるからか、穏やかな笑顔は、困った子供を眺める好々爺といった雰囲気だ。
とはいえ東陵学園大学か残した箱根駅伝四位という結果は、慈愛だけで残せるものではない。この部長についても記者は取材したが、それについては別項で語ることにして、今回は安原君について掘り下げてみたい。
安原君は、なんとまだ高校三年である。
夏休みに入って以降、地元から駅伝部へ通い続け、ときには寮に泊まり込んで加賀谷選手に寄り添い、結果を出すための助力を惜しまなかった。
高校生である彼が駅伝部に受け入れられたこと自体、あり得ないことで、ごくごく稀な特例である。少なくとも記者はそう言った前例を知らない。
どういった経緯があったのか、そこを掘り下げたかったのだが、部員たちへ質問を向けてもみな慎重で、言葉を濁すばかりだった。まだ高校生である彼を守ろうという意識が見えたので、記者も深くは問わなかったため、その頃のことを詳しく知ることはできなかった。
元々は走り高跳びの選手だった安原君は、中学の頃に膝を故障し、競技を続けることを断念した。その頃加賀谷選手と出会ったのだという。
「輝きぱねえっすトーゼンっす」
大袈裟にも思える言葉で加賀谷選手を助けることに人生をかけているといったような意味のことを熱弁してくれた。
いまどきの高校生らしい言葉に少々戸惑ったけれど、ハキハキと答えてくれる彼の熱量は、オジサンである記者にもじゅうぶん伝わってきた。
そして心から加賀谷選手を尊敬していることが伺え、微笑ましく思った。
安原君と話せたのは短い時間でしか無かったが、遠くから見ていた印象は間近で話しても変わらない。声も身体も大きくて身振りも大袈裟だが、元気な笑顔が印象的だ。
もちろん安原君は練習中の激励だけをしているわけではない。
体調管理やマッサージまで献身的に支える傍ら、加賀谷選手が他の選手に声をかけられると気さくに受け答えをし、くちの重い加賀谷選手と駅伝部メンバーの橋渡しのような役割をみごとにこなしているという。
結果、加賀谷君は予選会でも本戦でも万全の体調で臨めたのだと、部員たちがくちぐちに教えてくれた。
高校生としては出来過ぎと言って良いくらいの働きをしたのだ。
他の部員達から聞いたところによると、『仏頂面の加賀谷』と『満面笑顔の安原』は『セットで行動』が日常風景なのだそうだ。
駅伝部長含めた部員たちが、加賀谷君に寄り添う安原君に向ける視線は優しかった。片道三時間かけて連日通い続け、練習が終わるまで加賀谷選手に寄り添おうとする高校生を、駅伝部全体で守ろうとしているのが感じられ、二人が部内で愛されていることが、記者にも伝わったのである。
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以上 『月間ランナー 二月号』より抜粋
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