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実のところは
大学に進学しても、泰史は頑ななほど生活ペースを変えなかった。
夏休み以降、はるばる日参する郁也の言動も、基本的に同じだ。
練習中は神だ輝きだと騒ぎ、練習を終えると食事をしながら部長の奥さんとなにやら語り合い、食後は泰史の自室で解析を行う。その日のコンディションなど確認し、マッサージなどする。その間もなんとかちょっかい出して貰おうと無駄な言動を重ねるが、泰史が手を出すことは無い。
それでもマッサージを命じられれば嬉々として触りまくり、幸福を感じてだらしない笑みとよだれを垂れ流す日々である。
コーチからトレーナーとしての知識をレクチャーされ、マッサージはかなりの上達を見せている。
駅伝で注目を浴びるようになった泰史は、取材を申し込まれたのだが、すべて断ろうと思っていた。大学生になったからといって、いきなりうまいことを言えるようになったわけも無いのだ。いきなり矢継ぎ早に質問を浴びせられ、何も言えない自分を想像するだけで肝が冷える。
しかし部長や大学側からは、取材を受けろとプレッシャーがかかっていた。駅伝部、そして東陵学園大学の宣伝に協力しろと言うのだ。
零すでもなく漏らした言葉に、マッサージをしている郁也がヘラッと答えた。
「えー、やんなくて良いんじゃないスか? 加賀谷さんの魅力なんて、語りきれるわけねっす! 黙って輝き見せつけてやればいいんスよ!」
「いや……」
そういうことではなく。
と、くちにする前に止まらない郁也の声が続く。
「つうか、最初に言っちゃえば良いンじゃないすか? あんま喋んないけど怒ってないよ~って」
「…………」
そんなことを言って良いものか迷いつつ取材を受け、なんとか喋るのが苦手であることを伝えると、かえって好感を持たれたようだった。時間を多めにとって貰えて、ひとつひとつの質問に対し、ゆっくり考える時間があれば焦らずに言葉を選べて、なんとか答えることができたのだ。
その姿勢は『朴訥な好青年が、真摯に答えている』と受け取られ、キツイ目つきは揺るぎない眼差しと見て貰えて、概ね好意的な記事を書いて貰えた。
当初、高校生がつきまとう状況に戸惑った駅伝部の面々だったが、高校のコーチから駅伝部長への申し送りも有って郁也の有用さが周知されていた。
他部員への助言もすること、と条件を出され許可されたのだが、返事だけよい犬の行動が変わるとは思えなかった。しかしその懸念は払拭された。寮母たる部長の奥方が強力なため浴室には近寄れていないし、他部員を無視していれば即刻叩き出される。
なにより犬の行動は、コーチよりも遥かに老獪な部長によりコントロールされている。
「きみねえ、そうやってただひっついてると、後々嫌われちゃうよ?」
「えっ!? マジですか部長センセイッ! 俺一生ついて行きたいんすけどっ!」
「ならさ、専属トレーナーになっちゃえばいいんじゃないの」
「……はっ、せ・ん・ぞ・く・トレーナー……!! なんスかそれ? めっちゃ心に響くんすけどっ」
「大学来てから、そういう勉強すればいいでしょう。それには一人だけ見てちゃあねえ。他の選手も見ることで、色々学べることもあると思うんだよねえ。ほら、優れたトレーナーってのはさ、そういうもんでしょ」
「分かりましたっ! 俺頑張りますっ!!」
といったようなやり取りを経て、他部員についても見て助言するようになったのは成長と言えるだろう。
予選会、駅伝と、部員たちの成長を促す結果となり、本戦で結果を出すことができたので、部員たちは概ね好意的である。
神鑑賞の時間が無くなった分、東陵学園大学進学への意欲をぶつけてガリガリ勉強にいそしんでいた郁也は、保険医学部で理学療法を学ぶ為、東陵学園大学への推薦を勝ち取った。
四月から正式に大学生となりウキウキだ。
「うっほ~~~! これから片道三時間かけなくても加賀谷さん見てられる!! ありがとう神様加賀谷さんっ! 俺もう一生尽くしますーー!!」
駅伝部の寮に入ることこそ「駅伝部員以外NG」と拒否されたけれど、これから神鑑賞の時間が増えるのだ。
しかし郁也と共に進学した鴻上が駅伝部に入っていて、テンション上げすぎると殴られ、加賀谷に近づきすぎると殴られという、高校時代と変わらない状況になっている。というか、かなり本気で殴っている鴻上を見た二年、三年からも気軽に殴られるようになり、ますます行動に制限が入るようになったのであった。とはいえ、理学療法士としての知識を得るため、かなり真剣に学んでいる。
「いいもーん! シモベより専属トレーナーのがいいんだもーん!」
という意欲も強いが、もともとこれと決めたら努力を惜しまない猪突猛進である。トレーナーとして専属となるのだ。そう思い極めたがゆえの行動である。一生加賀谷のそばにいるためと思い極めた郁也のエネルギーは留まる気配を見せない。
まさに粉骨砕身する日々なのだが、専属トレーナーとなった自分を夢想して、でへへと笑いながらなので、絵面は残念なのだが、学部でもやると決めたら結果は残す男という評価は得ているのだった。
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