2.サイン

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「加賀谷さん、ですよねっ! 俺、ヤスハラですっ」  それはもう聞いた。  というか、意味が分からん。  なんで集会室を抜け出してんだ?  なんでこんなトコに来やがった?  なんでこんな図体デカいんだ?  なんでそこまで笑ってる?  ……結論。  こいつはやっぱり、とにかくムカつく。  きれいすぎる星を堪能してたのに邪魔した。それだけでもまずムカつくわけだが、それ以上にヘラヘラ笑いながら見下ろしてくるのが、なんというか、かなり。 (こいつ、……泣かしてやろうか)  くちや顔に出さないだけで、わりと頻繁にこういう衝動は起こっている。  だがこの高校では『ときどき顔怖いし喋んないけどイイ奴だよ』という評価を得ているので、衝動を表に出したことは無い。今も内心かなりムカついていたにもかかわらず、顔に感情は一切出ていない。  当然だ。こんな一年ごときのために不利益が明らかな行動をするような愚かさは持ってない。ここで衝動に負けるような馬鹿は心底軽蔑する。  なので泰史は上目遣いのまま言った。 「おまえ、座れ」 「えっ」  メガネ越しの目をキョドキョド泳がせたが、一年は立ったままだ。  同じ事を二度言うのは嫌いだ。 だから泰史は唇を真一文字に結んだまま、二メートルほど離れた地面を指さした。 「え、……」  ヤスハラは泰史を見て、指を見て、その先を見る。 「あっ!」  ハッとしたようにまた背筋を伸ばし、回れ右して指したあたりへ移動すると、そこに体育座りした。  頬が赤くなってる。寒いのか? と思いつつ眼鏡顔を見下ろす。  よし。  満足してニヤッと笑うと、安原の顔はもっと赤くなった。 「なにか用か」  そう問うと、なぜか耳まで真っ赤になった。  一年が集会室を抜け出すのは至難なはずである。なのにここにいる。なにか目的があるのだろう。  そう考えて問うたのだが、 「す、すみませんっ!」  ヤスハラは火でも噴きそうに真っ赤な顔で馬鹿に通る声を上げた。 「サイン下さいっ!」  な、んだと? 「………………」  無自覚に睨み付ける目になったが、ヤスハラはやめない。 「中学の、県大会でっ! 見てっ! それから、あの、ずっと……っ!」  真っ赤になって妙に通る声が怒鳴るようになってるが、体育座りしたままなので真剣味が足りない。  いや、座れと命じたのはコッチなのだが、なんとなく笑える。 「なんで、サイン下さいっ!」  そう言ってヤスハラは勢いよく頭を下げた。 「……どこに」 「えっ?」 「筆記用具は」 「あっ!」  慌てて立ち上がろうとするから、咄嗟に手を伸ばし「待て」と言い渡す。  その瞬間のまま、動きを止めたヤスハラを見下ろしつつ言った。 「座れ」  ポーッとしたような顔のまま、ゆっくり体育座りに戻ったのを見て、ひとつ頷いたら、また顔が赤くなった。 「あの、今持ってないけど、後で、その、戻ったら」 「黙れ」  黙った。  ……面白い。  気分が良くなってきたので、さっき中断された星眺めに戻ろうと思う。  メガネに背を向け、目線を上げる。  こんもりとした梢の上に、また違う星が散らばっている。これも悪くない。 「……書いてやろうか」  そう言うと、「へっ!?」素っ頓狂な声が聞こえた。 「サインだ」  そんなもの書いたことないが。 「あっ! じゃあ戻ったらすぐ……」 「気が向いたらな」 「……き、気が……?」  声が裏返った。  どんな顔をしてるのかと振り返ると、呆けたような顔をして、なぜか近くまで来ていた。  動くのを許した覚えはないので少し不愉快になり、また星に目を向ける。 「あ……あの」 「向かないかも知れない」 「えっ!?」  またヘンな声を上げている。  おそらく呆けた顔をしているのだろう、と考えると少しスッとした。
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