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4.煩悩(Side安原)
心臓バクバク、めっちゃ汗。
一気に階段駆け上がったから、なんだけどそれだけじゃない汗の濁流。けど拭くなんて思いもつかない。
なぜってそれどこじゃないから。
俺、安原郁也、めちゃくちゃ興奮中。つうかガン見中。目の前の尊い光景から目が離せない。
なにって、そりゃもちろん崇拝するしかないこの人、加賀谷泰史さんだよ!
大学社会人含めて県内で三本の指に入る長距離ランナー。中学の頃からいずれオリンピック行くンじゃね? とかって噂もちきりのマジすげーひと。
けどそんだけじゃねえ。
一学年上なだけとか信じらんねえ落ち着き。寡黙つうか冷静つうか一人でいること多いけど、孤高って感じじゃねえ。だってわりと周りに人いるし、先生とかによく話しかけられたりしてるし後輩の相談受けてたりとか人望アリアリな感じなのも当たり前だよね!
だってめっちゃ勉強できるしスポーツ万能で、そんで顔までカッコイイってサスガっス加賀谷さんっ!
けど崇拝してんのは、そんな理由じゃねえの!
『神』だから! なのだ!!
屋上に上がって速度を緩め、円を描くように走っている加賀谷さん。
落ちかけた太陽背景に背負って神々しいっ!!
少し離れたところで止まる加賀谷さん。つっても足は止まってなくて、その場で軽くジャンプしてるっ!
手ブラブラ振りながら身体の力抜いてる感じで、軽くなのにけっこう高く飛んでるよサスガっス加賀谷さんっ!
そっからしなやかな動きで片方の膝を少し折り、残る脚をゆっくりと後ろへ伸ばし、おお、アキレス腱伸ばしてるんスねっ! あ、その動きは脹ら脛のストレッチすか!
あああ、動きにつれて浮き上がる筋肉がぁぁぁ~~~逆光の太陽に浮き上がるぅ~~~っ! めっちゃキレイだ~~~っ!
加賀谷さんは体勢変え、太もももとか伸ばしてく。下半身をあちこち、ゆっくり、ゆっくり、そんでじっくり伸ばす。浅黒い横顔は、ひどく真剣で。半眼になった眼差しは、まるで哲学者のように冷静で知的。あああかっけー!
お? 目が開いて、え? こっち見て……る、とか! うわあマジすか、超感激っス!
「座って良し」
「あっ」
俺に言ってる? 言ってるよねっ!
「はいっ」
すぐその場に座る。
加賀谷さんに話しかけられるの、交流合宿以降もちょくちょくあるけど、たいていこっち見ないで「黙れ」とか「待て」とかだけで、だからこんな風にコッチ見てくれるのって超レアじゃん!
目はすぐ逸れたけど、ワンチャンもっとしゃべれるかも、なんて期待に胸膨らみまくる。
したら加賀谷さんも、おもむろに屋上のコンクリートに、座ったぁーーっ!
(えっ、マジでワンチャン来た!? おしゃべりタイム!?)
とか思ったけど、こっちに目もくれず、ゆっくり前屈に入った。
(ストレッチかぁ。てかうわあ……こんな近くで見れるなんて……)
がっかりどころか感激モードに入りつつ、(あ、そうだ!)制服のポケットを探る。今からでも撮らなきゃ。
(あれっ? なんでねえの?)
なのに携帯は入ってなかった!
あーっ、そかっ! 鞄に入れっぱなしだったー! めっちゃやらかしたーー!! あああ、色紙持ってくるとき持って来るだろ普通っ! アホか俺っ! これ絶対ムービーでとっとくやつじゃん!
悔しさこみ上げつつ、もう目に焼き付けとくしかないからしっかり見るのだ!!
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