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「何たって、キミの生まれる前から俺は営業一筋でやってるんだから」
古井さんはずっと喋り続けている。
腹の底から空気を震わすような、芯のあるよく通る声だ。ハキハキと歯切れの良い口調も、長年の訓練の賜物なのだろう。
「まあ、キミは俺のやり方を見てればいいよ。少しずつ憶えて行けばいいから」
だからといって、この狭い車内でここまで声を張り上げなくても。隣には僕しかいないのに。
「心配ないって。キミ位の頃は誰でも経験不足で不安なんだから。黙って俺に任せておけばいいよ。大船に乗った気持ちでさ。ね?」
「……はあ」
生返事をしておく。話に乗っかる素振りでもしようものなら、余計に講釈が長引きそうだ。
「大事なのはさ、客の気持ちを第一に考えること。それが基本中の基本」
話は続いていた。げんなりしている僕の気持ちを、第一に考えてはくれないようだ。
車は目的地の住宅街に着いた。僕がサイドブレーキを掛けてエンジンを切る間に、古井さんはさっさと助手席のドアを開けて降りてしまった。
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