なあ

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お前とその後に飲んだのはそれから半年位経った頃だったよな。お前に新しい上司が来る前はうざいくらい飲みに誘ってきてたのに、急に一切誘ってこなくなったから少し心配になって俺から声をかけたんだったな。 驚いたよ、お前の変わりように。げっそり痩せて、目の下にクマを作って。その時もお前は言ってたよな。「毎日毎日、全然仕事が終わらないんだよ。でも上司の言うことは全て正論だ。否定のしようもない。俺が力不足なだけなんだ」って。 俺が「何もかもを完璧に出来る人間なんていないだろ。ましてやお前はまだ社会人になったばかりだ。何十年も経験している上司と同じレベルで仕事が出来るわけない。お前をそんな状態にしちまう上司の指示がおかしいだろ」って指摘しても、お前は「上司は俺に期待してくれてんだ。ここでもし俺が、もう無理です、なんて言ってみろ。"期待の若手"から"仕事の出来ない若手"に俺への見方が転落しちまう。それだけは嫌だ」なんて言って、頑なに俺の話を聞かなかったな。 今となっては後悔してんるだ。あの時、意地でもお前が仕事を続けるのを止めるべきだったって。 あの日から3ヶ月か、まさかお前とこんな形で再会することになっちまうとは思ってもみなかったよ。 遺影の中のお前は、俺がよく知ってる、自信に満ちた顔だな。お前と最後に会った時の顔とは全然違うよ。 俺はどうしてもお前の上司が間違っていたとしか思えないんだ。 正論っていうのは、どんな時も正しいのか?正しいことを言えばどんな結果を招いても許されるのか? 俺はどうしたってお前の上司を許すことは出来ない。 お前の上司に比べたら、仕事もせずに文句ばかり言ってるだけの俺のクソ上司のほうがよっぽどマシだ。あいつには人を殺すことは出来ないからな。 お前は自分自身を責めて、責めて、これ以上責められなくなったところで、死を選んだんだろ。お前の上司の正論とやらが、お前を追い詰め、お前を殺したんだ。 俺は確信を持って言える。部下を殺す上司は、怒鳴る奴でも仕事をしない奴でもない。グゥの音も出ない正論で淡々と追い詰めてくる奴なんだ。 昨日お前のクソ上司に会ったよ。お前のことは残念だった、本当に期待していたんだ、だとよ。思わず殴っちまった。俺の大切なダチを殺しといて何ほざいてんだと。 なあ、今お前のいない麻布のバーでお前の残像に話しかけている俺を、笑ってくれよ。
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