第2章 第一試合

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 スマホの片隅に、何らかのメッセージの着信を示すライトが点滅していた。遥は血流が足下に下がるような感覚を覚えながら、スマホのロックを解除して、着信メールのアイコンを開いた。 「試合が終わったらすぐに病院に来て下さい」  父親からのメッセージはそれだけだった。どっと、遥の血管に血流が戻る。と同時に、母親の無事そのものを安堵する気持ちよりも、まだこの場に居続けられることを安堵する気持ちが先に立ったことに小さく良心の呵責を覚えた。  死というものが、実感としてはまだよく理解できていなかった。そもそも、つい最近、もう五回目になる入院をするまで、死を予感させるほどの病態の変化は少なくとも遥には感じられなかった。顔にはむくみが出て、確かに母は辛そうだったが、発病して以来、母親の病状は常に小康と活性を繰り返していて、そのこと自体は決して特別なこととは思えなかった。辛そうな母を家に置いてバスケの練習や試合に行くのはそれでもやはり気が重かったから、このタイミングで入院するのは、却って母にも自分にもいいことだろうと思ったくらいだ。  遥をクラブに入会させてくれたのは父だとずっと思っていた。学生の頃にバスケットボールをやっていたというし、家でも、NBAの試合をテレビで見るのが好きだった。クラブの主催者的な立場の隅さんとも仲が良かった。だから、ある時―母親はその時いなかったから、何度目かの入院をしていたのだろう―父と二人きりになった際に、遥がそのことで礼を言うと、父は即座に否定したのだった。 「違うんだよ、遥」  父は長袖のTシャツを着て、少しダボッとした薄いスウェットを履いていた。食後で、お酒は飲んでいなかった。説明しながらソファーの定位置に腰をかけて、立ったままの遥を見上げて、あとを続けた。
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