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「梅原」
妙に明るい声に振り返る。
阿部さんはニコニコして、いつのまに、どこから持ってきたのか、こちらに例の棒状の駄菓子の先を突きつけていた。
「元気でね」
その指先が、かすかに震えていた。
僕はそれを口で受け取り、すぐにドアに向き直ってノブを回した。
これ以上この場にいたら、僕はきっとすべての良識を投げ捨てて、阿部さんを奪ってしまう。
菓子は、不思議なほど甘くなかった。
突如口内に溢れ出してきた唾液とからまって、むしろビックリするくらいしょっぱかった。
今、戻ることはできる。でも、それを阿部さんは望んでいない。
やや乱暴に産声を上げさせられたこの愛が、いつか本当に腐ってしまう日がくるのなら。
それをそばで見届けることは、僕だって嫌だ。
愛してるよ、梅原。
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