ココアシガレットが甘くない

7/17
前へ
/17ページ
次へ
 そして、植え込みのへりに置いていた僕の手の甲に、自分の手のひらを重ねた。しっとりとして、そして、少しだけひんやりとしていた。  宇宙から星を盗んできて散りばめたみたいに輝く瞳が、僕を捕らえる。 「気に入ったよ、梅原。おいで。(うち)でコーヒーでも飲もう」  心臓がガクンと激しく振動して、僕はすぐに返事ができなかった。  とっさに舌で歯をまさぐる。唐揚げの筋は、まだ取れずにそこにあった。  駅から五百メートル強ほど歩いた、コンビニの横のレンガ色の二階建てアパート。  ナイロン袋に入った新発売のイチゴプリンは、阿部さんが食べたいと言ってコンビニで買ったものだ。それを二個入れた袋を手にさげた僕は、室内に足を踏み入れた直後、死ぬほど後悔した。  ブルーとピンクのお揃いのスリッパ。傘立てには、傘が二本。リビングに入ると、色違いの座椅子が二つ。  あげくの果てには、壁に結婚証明書なるものが掲げてあった。  僕より年上で、とてもきれいなこの人が、ひとりきりで暮らしているわけがなかったのだ。  バケツの水を頭からザブリとかぶったように、酔いが一気に覚めた。  僕が泣きそうな目を向けると、阿部さんは青いほうの座椅子を勧めながら、「何よ。わたし、独身なんて言った?」なんて無責任なことを言った。
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!

17人が本棚に入れています
本棚に追加