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一晩だけの結婚式
19:25
2018号室
モスグリーンのチノパンにベージュのボタンダウンシャツ、焦茶のコートを羽織った玉井真一はその部屋の前で雪像の様に固まっていた。肩の雪を片手で払う。足元のブーツの紐が緩んでいる事に気が付いた。
(緊張、する)
意を決してコンコンコンと三回ノックする。一呼吸、暫くするとカチャンと思いの外に軽い音で扉の鍵が開いた。
ホワイトゴールドの繊細なデザインのネックレス、デコルテが大きく開いた雪の様に白いロングフレアのワンピース。これ迄の制服姿とはまるで違う別人の様な真昼に思わず見惚れる。
玉井真一は軽く真昼にキスをした。そして片手に持った小振りなマーガレットのブーケを手渡した。
「これ、プレゼントです」
「え、ありがとう!可愛い」
「薔薇の花は少し高くて。それにこの方が真昼さんらしいかなって」
「こんなに可愛いかなぁ」
「多分」
「多分!酷い」
「すみません」
「もぅ、ま、いいか。さぁ、どうぞ」
「お、お邪魔します」
玉井真一は濡れたブーツを脱いで立ち竦んだ。紺色のカーペットに浮かぶキングサイズの白いベッド。
「ねぇ、見て」
真昼は大きなガラス窓へと玉井真一を手招きした。眼下には白い雪に彩られた煉瓦のチャペルがライトアップされ静かな佇まいを見せている。
「ね、綺麗でしょ?」
「綺麗ですね」
真昼は白いワンピースに玉井真一からプレゼントされたマーガレットのブーケを持って微笑んだ。
「今夜は玉井さんと此処で結婚式、一晩だけだけど。良いかな?」
「勿論です」
「この日の為にこれを着て来たの」
そう囁く彼女の目は熱を帯び、僕は思わず涙を流し抱きしめた。ガラスの向こうの雪は激しさを増しチャペルは姿を消す。
(もっと早くに出会いたかった)
どう足掻いても真昼は人妻だ。若い玉井真一には全ての責任を負ってまで彼女を略奪するまでの強さ、度量を持ち合わせては居なかった。
「真昼さん、大好きでした」
「ありがとう、私も玉井さんが大好きだった」
玉井真一は真昼の背後に手を回し背中のファスナーを静かに下げた。
「待って。ライト消して」
「分かりました」
抱き締め合う身体、熱い血潮、二人を隔つものは何もない。
「ずっと真昼さんと、こうしたかった」
「そうね」
雪は降り続き、静けさが広がった。
「これで、僕たちもう最後ですね」
「そうよ」
「そうですよね」
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