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(これで良かったんだ)
手のひらに雪の結晶が見えた。玉井真一は何度も同じ言葉を心の中で繰り返した。
(真昼、さん)
それでも消せない思いに紐が緩んだままのブーツの踵を返した。白いコートを羽織った真昼は白いマーガレットの花束を手に赤い軽自動車へと乗り込んでいた。
(あの車で抱き締めあった)
玉井真一の鼻の奥がツンとなった。
(これしかなかったんだ)
初めて出会った時から分かっていたのだ。真昼は玉井真一の車を降りれば家族が待つ家に帰る。そんな存在でしかなかった。
(それでも好きだった。大好きだった)
例え短い時間でも一緒に居るだけで楽しかった。真昼の胸に顔を埋める時は幸せで胸が高鳴った。
(愛していた)
ホテルの角を左に曲がる。大理石に縁取られた階段、ビルの谷間にびゅうと吹く風に白い雪が舞い上がり玉井真一はそれに隠れて涙を流した。
(さようなら、真昼さん)
通りに出ると信号機が青に変わる。ショーウィンドウに映る玉井真一は惨めな顔をしていた。それを見るのも辛かった。
バス停には三人の乗客、玉井真一の後ろには高齢の女性が並んでいた。
「お先にどうぞ」
バスの扉が開き乗車券を取った番号は二番。
(僕は、二番なんだ)
玉井真一は肘を突き窓の外に流れる景色を眺めて泣いた。
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