幸福な錯覚

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幸福な錯覚

私の頭のなかは結局 私の記憶でできている 瞬間毎に記憶を増やして 少しずつ賢くなるだけ そして私の体はぜんぶ  記憶という膜をとおして 現実 と触れあう だからもう あたたかいはずのない あなたの肌が 私が()れるときだけ あたたかいのは 今 私の回路が 滞って 少しも賢くなっていない そのせいにすぎないのだろう でも また 私の時間が動き出して あなたの肌を つめたく かたいと感じたとしても あなたが記憶の集大成となった事実が  この身に深くしみたとしても あなたの完結した記憶の一部は  それを共有する私の一部を満たし ぬくもりをもって この背中をたたくので 私の目は あなたに柔和な微笑みを見るし 私の耳は あなたの口癖を聞き取るだろう そしてあなたが 安らかな場所から私に送る 眼差しの温度を感じとるにちがいない 恐れずに 時の流れを取り戻そう もうすぐ 笑って あなたのことを 思い出と呼ぶ
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