軋む骨の音

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 徐々に頭の中の声がかすれてゆき,やがて頭の奥の方へと染み込んでいくような感じがした。すべての雑音が聞こえなくなり,耳の奥でキーンともシーンともいえるモスキート音のような不快な音が静かに鳴り続けた。  すぐ近くに見えるガードレールに手を伸ばし,身体を支えるようにして恐る恐る立ち上がった。  通行人は相変わらず誰も声を掛けることなく,時おり由香子を邪魔なものを見るような目でチラリと見る通行人もいた。  ゆっくりと背筋を伸ばし,辺りを見回すと既に二人は居なくなっていた。軽い頭痛がしたが,なんとか歩けたのでいつでも身体を支えられるようにガードレール脇をゆっくり進んだ。  突然起こった異常な現象に,恐怖で優のことを考えることができなかった。頭を押さえながら,次に絶叫が聞こえてきたらどうしよう,脳の病気なのだろうか,すぐにでも病院に行って検査を受けたほうがよいのだろうか,と不安になった。  数年前に,職場で脳梗塞で倒れた年配の社員を思い出した。彼は日頃の不摂生と常に健康診断で再検査になっていたこともあり,彼が倒れたというニュースを聞いても誰も驚かなかった。そんな社員とは違い,由香子は酒もタバコもやらず健康診断で引っかかったこともなかった。なのに突然,頭の中で絶叫のような大声のようなものが聞こえてきたことに納得がいかなかった。 「なんなの……なんなのよ……」  ふらつく足元が歪んで見えた。ガードレールに掴まり深呼吸をしてから気持ちを落ち着かせようと背筋を伸ばした。一瞬手を放してみたが,身体が震え,その場で崩れ落ちるようにうずくまった。 「なんなの……ほんとに……なんなの……」  目を閉じ,ぐるぐると回るような眩暈に耐えながら唇を固く結び,全身にじっとりと汗をかいているのを感じていた。 「病気だ……救急車を呼ばなくちゃ……誰か……誰か……お願いだから,救急車を呼んで……」  何度も心の中で訴えたが,誰一人として由香子のために足を止める者はおらず,由香子はそのまま倒れると意識を失った。
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