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「扶実ちゃん、教科書見せて」
3日が経つ頃にはその言葉はもう恒例行事になっていて、この言葉を発する頃にはそれが当たり前かのように、酒井くんはぴったり私の机に自分の机をくっつけている。
「はいはい」
そう言いながらいつものように手を伸ばし、酒井くん側に教科書を広げた時、
ーーヌッ…
右肘に妙な感覚が走り、私は飛び退いた。
ガタガタ、椅子が勢いよく倒れる音がする。
私は思いっきり床に尻餅をついた。お尻に打撲独特の痛みが走る。
「扶実ちゃん!?大丈夫!?」
血相を変えた酒井くんが近寄る。皆の視線が集まっているのも感じた。
ーーでも今はそれどころじゃない。
私は無意識に右肘を押さえていた左手で、何度も確かめるように右肘を触る。
自分の肘はきちんとそこにあった。きちんと今までの形をしていた。
肘を曲げ伸ばししてみる。きちんと動く。違和感もない。
「扶実ちゃん?扶実ちゃん?」
そこでやっと心配されていたことを思い出す。
「あ、ごめん、うん、なんでもない」
「本当?」
「うん、大丈夫」
「そう、ならいいんだけど…」
酒井くんが椅子を起こしてくれた。
私は自分で立ち上がり、椅子に座った。
「なんか虫でもいた?」
「あ、うん、ハエかな?びっくりしちゃった」
思わず酒井くんの言葉に乗ってしまう。
……今の、なんだったんだろう……
始めは肘同士がぶつかったように感じた。
でもそんなの本当に一瞬で、その後肘が何かに呑み込まれながら無くなっていくような感覚に陥った。肘の感覚がなくなるような感覚もあった。
痛みはない。
でも私の肘は今ちゃんとここにあるし、感覚もある。自分の意思で、きちんと動く。
酒井くんの肘を盗み見た。当たったのはきっとあそこだ。
しかし酒井くんは平気そうで、いつもと何ら変わりはない。
酒井くんの肘が私の肘を呑み込んだ……?
そんな考えがふと脳裏を掠める。
いやまさか。
なんだよそれ。未確認生物かよ。妖怪かよ。あやかしかよ。ないない。
私はそれ以上考えるのを止めて、いつの間にか進んでいた板書を慌てて取り始めた。
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