第12章

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第12章

「鳴海さん、火ありますか?」  訊かれて、ああ、と応えた鳴海はポケットからライターを取り出した。  葵が差し出した線香に火を点け、軽く振って炎の勢いを消す。その一部を、葵に手渡した。  最初に鳴海が供え、葵がそのあとにつづく。綺麗に磨かれた墓石のまえには、生け替えた花と、ラッピングされたチョコレート菓子が供えられていた。チョコレートは、葵が墓前に供えるために手作りしたものだった。  ふたりで手を合わせ、それぞれに故人を偲ぶ。葵は随分長いこと、手を合わせていた。  前回の墓参からふた月たらず。命日にひとりで訪れた墓に、こうして葵を伴う日が来るとは思いもしなかった。  加奈子がいなくなった店は現在、鳴海と葵とで切り盛りしている。以前のように店頭で売り子として働く傍ら、葵はチョコレートソムリエの資格を得るべく、勉強に取り組みはじめたところだった。  少しでも専門知識を身につけ、幅広く対応していけるようになりたい。  葵の前向きで真摯な姿勢は変わらない。その意欲に応えるかたちで手ほどきをするのが鳴海も楽しかった。
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