第12章

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 ル・シエル・エトワール――星空……。  妻、小夜の名をイメージした店名を(かか)げるようになって1年。  亡き妻は甘い物を好み、とりわけチョコレートに目がなかった。  鳴海自身、日頃から間食をする習慣はなく、調理にもチョコレートにも、まるで関心はなかった。それでもショコラティエを目指し、自分の店を持ったのは、それによって己に生きる理由を見いだすためだった。  そうでもしなければ、今日を明日に繋いで踏みこたえることができなかった。  厨房に立ちつづけることで、鳴海はかろうじて己の生を放棄せずに(ながら)えることができた。そんな自分に訪れた、ひとつの出逢い―― 「行こうか」  ようやく顔を上げた葵をうながし、鳴海は立ち上がる。  柄杓(ひしゃく)を入れた水桶を手に歩き出した鳴海の横に、葵が並んだ。 「奥様とまひるちゃん、チョコレート気に入ってくれるといいんですけど」 「大丈夫。ふたりとも喜んでるよ」  鳴海の言葉に、葵は口許を綻ばせた。
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