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「なにも起こらなかったし、これから先も、もうなにも起こらない。君が警察に行く理由は、だからどこにもない」
穏やかに言い含められて、彼女は口唇を噛みしめ、じっと俯いた。
「冷めないうちに、飲みなさい。気がすむまで、好きなだけいていいから。俺は奥で、明日の仕込みをしてる」
そう言い置いて、男は彼女から離れていった。
ふたたび取り残されたそこで、彼女はその背中を心細げに見送る。それからやがて、目の前に置かれたカップに視線を戻した。
あたたかな湯気を立てる、甘い香りの飲み物。
ふるえる指先を伸ばしてカップを包みこみ、躊躇いがちにゆっくりと引き寄せたそれを、彼女はそっと口に含んだ。
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