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第4章
「鳴海さん、お店閉めました」
「お疲れさま。上がっていいよ」
閉店時間を迎え、店舗側の戸締まりを済ませて厨房に顔を覗かせた葵に、鳴海は声をかけた。
「あ、はい。お疲れさまです」
応えながらも、葵は邪魔にならない位置に立って、興味深そうに鳴海の手もとを覗きこんでいる。ちょうど、コーティング用のチョコレートを、大理石の台の上でテンパリングしているところだった。
鳴海が両手でパレットナイフを操るさまを、葵は真剣な眼差しでじっと視つめる。
「やってみるか?」
あまり熱心に眺めているので尋ねると、葵は即座に胸のまえで両手を振って後退った。
「とっ、とんでもないっ! ダメです! 素人のあたしなんかがやったら、せっかくのチョコレートがだいなしになっちゃいますっ」
思いのほか大きなリアクションを返されて、鳴海はクッと笑った。それを見た葵が、わずかに不服そうな表情を浮かべた。
「……もしかして、からかっただけですか?」
「いや、そんなことはない。本気だった」
鳴海は否定したが、葵の顔から疑惑の色が消えることはなかった。
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