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むしろ、気味悪がられるほうが普通だろうと思っていた。正直、あのときの僕はどうかしていた。まったく僕ときたら、本当にときどきどうかしてしまうのだ。これももしかしたら、あの「事故」とやらのせいなのかもしれないが。
あれは三日前か、四日前のことか。とにかく外に慣れようと部屋を出て、あてもなくあちこちを歩き回り、ひと休みと立ち寄ったカフェテリアで、ぱらぱらと就職雑誌なぞを眺めていたとき、ふとうしろの席の会話が耳に入ったのだ。何かの調査を依頼しようとして、断られている女性の声が。そして落胆して店を出て行くその女性に、僕は思わず声を掛けてしまっていた。僕でよければ、あなたの話を聞かせてくれと。そして番号を伝えて、気が向いたら連絡して欲しいと伝えた。
実のところ、家に戻ってきて激しく後悔したのだ。恥ずかしいことをしたものだと。椿さんにも馬鹿な真似をするなと怒られた。でもまさか、本当に連絡をもらえるとは思ってもいなかった。つまりはそれほど、この女性も追い詰められていたということなのだろう。
「ではさっそくですが……先日のお話について、もう一度あらためて詳しくお聞きしたく思います。よろしいですか?」
あおいは「はい」と頷くと、目を閉じて小さく深呼吸をする。そうして面差しから不安の色を消すと、わずかに語気を強めて話しはじめた。
「わかりました……お話しします。『もうひとりのわたし』のことを……」
※
はじまりは半年ほど前のことでした。大学時代の親友から急に電話をもらったんです。彼女とはもう三年ほど会ってはいませんでした。お互いに東京住まいなので会おうと思えばいつでも会えたんですが、社会人になってからはなかなか休みの日も合わなくて、いつの間にか疎遠になっていた相手でした。
その子が、あなた昨日新宿にいなかった、って尋ねてきたんです。新宿で男の人と一緒だったんじゃないかって。彼女、わたしを見かけたって言うんです。何だか、三年会ってなくてもすぐにわかるくらいよく似てたそうで、しかも一瞬だけ目が合ったら不自然に顔を背けたそうで。
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