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わたしにはまったく心当たりがありませんでした。だからそう説明して結局は納得してくれたんですけど、それでも最後まで釈然としない様子で。何でもその一緒にいた男の人ってのが、まるでちんぴらみたいに柄の悪い人だったので、わたしのことが心配になったんだそうです。でもそんなこと言われたら、ますます心当たりありません。
その子はひとまず、赤の他人だってことをわかってもらえたんですけど、すると今度は会社の人からも似たような話を聞かされました。打ち合わせに出ているはずの時間に、会社の近くでわたしを見かけたとか、行ったこともないお店でわたしと会ったとか、そんなことを度々。何だかわたしの周りでもうひとりのわたしが、わたしのことを調べて回っているみたいで。
ただ気味が悪い、っていうだけならまだいいんです。でもそういうことが重なると、だんだん仕事や友達付き合いにも影響してきて……だってひとりで打ち合わせに出ているはずの時間に会社の近くにいたとか思われたら、問題になるじゃないですか。それや上司に会っても挨拶もしなかったとか、早出の前の日に遅くまで飲んでたとか、知らない間に色々な噂が出回ってて、印象悪くなってて。大きな会社と言っても人間関係は閉鎖的ですから、そういう話が回るのも早いんです。
そしてとうとう、わたしもその『もうひとりのわたし』とばったり会ってしまいました。その……釈明のために同じ課の先輩と会って話しているお店で、いったんお手洗いに立った際に、エントランスから入って来た女性とすれ違って……何かすごく、背筋がゾクってする感覚があったんです。それで振り返ると、向こうも足を止めてこちらを見ていて。その顔は、鏡を見ているみたいにわたしとそっくりでした。けれど『彼女』はわたしを見ても驚いた様子もなく、それどころか挑発するみたいにうっすらと笑ったんです。わたしは怖くなって、先輩に挨拶もできずにそのまま店から駆け出して……逃げました。それから数日、熱を出して寝込んでしまうくらいの衝撃でした。
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