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車が停まってもシートに背をもたれかけたままの彼女に、また僕は訊いた。しかし彼女は小さく首を振るだけだった。どうやらここで何かを待てということらしかった。仕方なく僕も彼女に倣って、再び深く体を沈めた。
エンジンに比べて静かなハイブリッド車のモーター音も、途切れればずいぶんと寂しく思えるものだった。耳が痛いほどの沈黙に耐えかねて、僕は小さく咳払いをもらす。
「落ち着きのない人ね」
そんな僕を見て彼女は呆れ気味に言った。それでも、咎めるような声色ではなかった。
「まだしばらくはかかるわ。大人しく待ってなさい」
「わかった」と、僕は素直に頷く。いったい何を待っているのかも、彼女は説明するつもりはないらしい。聞き出そうとしつこく尋ねても無駄だろう。それなら従うしかない。
と言っても、じっと無言で時間を潰すのも気詰まりがするものだった。慣れない相手からあれこれと話しかけられても困るが、かといってむっつりと黙り込まれても気味が悪い。
「ところで、君は……」
そう尋ねかけて、向けられた視線の険しさに思わず言葉を飲み込む。それでも、一切口をきくなということでもないようで、彼女はいかにも渋々といった体で「何?」と先を促してきた。
「君はいつ、どのようにしてミロワールとして彼女から生み出されたんだ?」
「ミロワール?」彼女は訝しげな声で尋ねてきた。「何よ、それ」
「君のような存在を、僕はそう呼んでいる。国塚あおいから生まれた、鏡写しの分身。『ドッペルゲンガー』なんておどろおどろしい呼称よりもずっとましだとは思わないか?」
「どうしてフランス語?」
その反応は、あおいと同じだった。仲の悪い双子の姉妹がまるで同じ仕草を見せるのにも似て、微笑ましくもある。
「ただ『ミラー』なんて呼ぶのも味気ない気がしてね。気に入らないかい?」
「中二病、って言葉は知ってる?」
やっぱり言われたか。僕は少し傷つきながら、「よく知ってるよ」とだけ答える。
「まあ、いいわ。呼びかたなんてわたしはどうでもいい。自分が何なのかなんて興味ないから」
やや不貞腐れたような口調で彼女はそうつぶやくと、先ほどの問いに対する答えを口にした。
「それにいつ、なんて訊かれても困るわね。そもそもそんなもの覚えていないし」
「そういうものなのか?」
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