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「ええ。だってわたしには、あの子の記憶があるんだもの。それこそ子供のころのものからずっと連続して。だからわたしはこうなってからもしばらくの間は、自分が国塚あおいだと認識したまま過ごしてた。そうではないと気付いたのは、ごくごく最近のことよ」
僕は少し驚いたものの、すぐに納得する。考えてみればそれももっともだ。しかし実際のところ、それは出現してからさほどの時間は経っていない頃のことだろう。たとえ彼女がこの世に現れたときは自分を国塚あおいだと思っていても、家に帰れば本物の彼女がいるのだから。すぐに何かおかしいと気づくはずだった。
しかしそれとは逆に、本人が何らかの事情で自宅にいなかった場合はどうだろう。長期旅行中だったり、あるいは病気や怪我で入院中だったり、または誰かの手で別の場所に監禁されていたり。その場合、ミロワールは自分がミロワールであることに気付かないまま、本人としてその後も生活を送っているということもあり得るのではないか。
と、そこまで思案を巡らせたところで、自分はどうしてこんなことを考えているんだろうと不思議に思った。興味深いケースではあるが、それは隣にいる彼女とはまったく関係のないことだ。
「何が知りたいの?」
「いや」僕は小さく首を振った。「ただ君は、そのときどう思ったのかなと気になっただけだよ。自分がミロワールだと知って、ショックはなかったのかなって」
「ショックね……意外とそれはなかったかな。あの子の分身であるという自我に目覚めると同時に、自分のやるべきことも思い出したから。こう、使命感みたいなものが湧き上がってきてね。それ以外のことは考えられなくなった」
なるほど。その使命感は、ミロワールとしての自我とともに湧き上がってくるものなのか。そしてきっと、自分の中にそんなものがあることを疑問にも思わない。彼ら彼女らの使命感は、きっとその自我と密接に結びついているのだろう。
「それは、今もそうなのかな?」
彼女は再び僕へ目を向けた。窓から差し込むわずかな明かりを反射して、両の瞳がぼんやりと光って見える。猫みたいだ、と僕は思った。
「君たちが普段どんな気持ちで過ごしているのかに興味があってね。だってミロワールである君たちは、どんな形であれいずれは消えてしまうわけじゃないか。それが怖くはないのかな、と思って」
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