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「僕は国塚さんを満足させるだけでなく、君にも満足してもらいたいんだ。君が目的を果たして消えるのを、できることなら笑って見送りたい。そうしたら、きっと僕自身も満足できると思ってる」
「それなら、何もしないで引っ込んでてくれるのがいちばんいいんだけど」
彼女は呆れたようにつぶやいて、闇の中で肩をすくめた。うん、確かにそうなのかもしれないけど、それもまた僕にはできそうにないんだ。
「あなたって、やっぱり馬鹿なの?」
はじめて対面したときと、同じ問いかけ。だったらやはり、同じように答えるしかなかった。
「……かもしれない」
足音が近付いてくるのが、車の中からでも聞こえた。外に目をやると、若い男が小走りに戻ってくるのが見えた。彼女が窓を開けると、男は小さく頷いて「そろそろだ」と言った。
「わかったわ。ありがとう」
「大丈夫か。やっぱり、俺も行ったほうが……」
男は僕のほうへちらりと目をくれて、不安げに眉を顰めた。
「こいつなら心配はないわ。それよりあなたはここで、すぐに動けるように待機しててちょうだい」
「そうか……うん、わかった」
小声で交わされる会話を耳にしながら、僕はおやと思った。どうやらその様子からして、彼らの関係は僕が想像していたものとも少し違うようだ。確かに彼女が彼を従える形ではあるが、金や身体で強引に支配しているわけでもなく、お互いを慮る親密さも感じられる。
「行くわよ」
彼女はそう言って、きびきびとした動作で先に車を降りた。僕は「あ、うん……」と戸惑いながらも、観察を止めてあとに続く。
「行くって、どこへ?」
「黙ってついていらっしゃい。すぐそこよ」
振り向きもせずに答えてくる。まるで彼女の助手になった気分だった。行動の機敏さやあの若い男との意味ありげなやり取り等々、彼女のほうがよっぽど探偵っぽいと思えた。何だか悔しい。
彼女が向かったのは、並んだホテルのうちのひとつ、その駐車場の出口だった。かすかに物音と話し声が聞こえてくる。内容までは聞き取れないが、ことを終えたカップルがホテルをあとにしようとしているのは間違いないようだった。
「いったい……」
これが何だっていうのか。そう尋ねようとして睨まれた。どうやら、黙っていろということらしい。仕方なく、僕は聞こえてくる声に耳をすました。
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