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 目を覚ましたときには、すでに午前十時を回っていた。会社勤めをしていた頃には考えられないような寝坊だ。それでも夢も見ない深い眠りだったせいか、起き抜けの気分はそう悪いものではなかった。  昨夜、この部屋に帰り着いたのは何時頃だったのだろう。時計を確認してはいなかったが、おそらく午前三時は過ぎていたと思う。椿さんの姿はもうなかったことだけは覚えている。  自分の身繕いを見るに、どうやらシャワーを浴びて着替えも済ませていたようだが、その記憶はまったく残っていなかった。といってもこれは事故の後遺症ではなく、ただ疲れて朦朧としていたせいだろう。  コーヒーだけの朝食を採りながら、まだ半分眠っているような頭で今日の予定に思いを巡らせる。そうしてようやく、僕にはもう何もすることがなくなってしまったことに気が付いた。国塚あおいからは、今後の調査も不要と言われた。要するに、クビというわけだ。僕はリビングのテーブルに額を着けて、一分間ほど自己嫌悪と戦った。  おそらく、僕は国塚あおいのミロワールにまんまと嵌められたということなのだろう。とはいえ、彼女に対する憤りは不思議と沸いてこなかった。そもそも彼女は何も嘘を吐いてはいないのだ。言葉の通りに国塚あおいの真実を僕に知らせ、かつ鮮やかに僕を排除してみせた。その手際に舌を巻きこそすれ、腹を立てる道理はないように思う。まったく、うまくしてやられたもんだ。責めるべきは僕の迂闊さだった。  そうして、昨夜の国塚あおいの姿を思い出す。確かに表情も声音も固く尖ってはいたが、それもやっぱり僕に向けての怒りではなかったようにも思える。これは希望的観測なのかもしれないが、彼女の怒りもまた自分に向けてのものだったのではないか。ただ突然のことに混乱して、咄嗟にその先端を僕に向けてしまったのか。去り際に見せた、どこかその場に似つかわしくない弱々しい眼差しが、瞼の裏に残って消えなかった。 「投げ出すのは、まだ早いのかな」
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