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 小さく声に出して、そうひとりごちてみた。だからと言って、今さら僕に何ができるのかはわからない。僕を邪魔者として排除することに成功した以上、ミロワールが再び接触してくることがあるとも思えない。さて、それならどうする。  そうして頭に浮かんだのが、あのときあおいと一緒にいた男だった。年齢は四十前後。口ぶりからして、おそらくは彼女の会社の上司だろう。胸ぐらをつかまれた際に見たが、左の薬指に指輪はなかったものの、跡ははっきりと残っていた。おそらくホテルに入る前に外したと思われ、十中八九妻帯者と見ていいだろう。椿さんが邪推した通り、決して大っぴらにはできない関係というわけだ。あのとき男が口にした涼子というのは奥方の名前か。口ぶりからして、夫婦仲は絶望的に違いない。僕を奥方が雇った探偵と勘違いしたことからして、すでに離婚に向けて係争中なのではないか。  この年頃の女が抱えている問題と言えば、八割がたが男がらみ。椿さんの言葉に真理があるのなら、あの男との関係こそが国塚あおいの抱える問題なのかもしれない。ならば同時にそれは、ミロワールがこの世に現れた理由でもあるということだ。  顔を上げて、リビングを見回した。椿さんがいてくれたら、と思いかけて首を振る。いや、駄目だ。確かに彼女ならあの男の素性から背後に隠れたものまで、洗いざらい掘り起こしてくれるだろう。ただし、あまり褒められたものじゃない方法で。僕のほうからそれを頼むなんて、やっぱりあってはならないことだった。だって僕の大事なひとなのだ、できることなら法で認められていないことに手を染めて欲しくない。 「だったら、自分の足でどうにかするしかないか」  もう一度そう口に出して、僕はカップの底に残ったコーヒーを飲み干した。  確かにもう、これは仕事じゃない。それでも一度関わった以上は、途中で放り出すのは気持ち悪いじゃないか。自己満足だと言いたければ言えばいい。その通り。僕はただ、自分が納得したいだけだ。
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