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 しかしそう意気込んだところへ、ふとテーブルの隅に置きっぱなしになっていた茶封筒が目に入った。昨夜、蔵原から受け取ったものだ。しっかりと止めてあったはずの留め紐が解かれて、口が開いていた。たぶん椿さんが目を通したのだろう。しかし直接手渡されたはずの僕自身はまだ中を確かめていなかった。昨夜はどうもそれどころではなくて、ついつい忘れてしまっていたのだ。  出かける前にさっと目を通しておくか。あとになったらまた忘れてしまうかもしれないし、せっかく蔵原が用意してくれたものをそれではさすがに申し訳なくも思ったからだ。  しかし中に入っていたのは、確かに見覚えのあるものだった。表紙に書かれていた『調査報告書』の文字と、アーバン・リサーチのロゴ。次の頁には、『二〇一八年一月七日より三月十七日にかけての波留雄生氏の行動に関する調査結果』とある。調査員の項目にも、僕の依頼を担当してくれた細川という女性の名があった。  そして三月十七日というのは、僕が事故を起こした日だ。つまりこれは、僕が依頼した僕自身についての調査依頼についての報告書。これと同じものを、僕は津山美登里から受け取っている。  しかし問題は、どうしてこれを蔵原が持っていたのかということだ。探偵への調査依頼というものは当然守秘義務というものがあるはずで、みだりに第三者へとその結果を漏らしていいはずはない。 「どういうことなんだ、いったい……」  つぶやきながら、僕はそのレポートのさらに次の頁を捲った。もちろん僕も一度目を通したものなので、目新しい何かがあるはずもなく…… ※  眩しさに一瞬くらりと眩暈を覚え、あやうく仰向けに倒れそうなところを、僕は両足を踏ん張ってこらえた。 「え……?」  ぶうんという耳鳴りが途切れて、雑踏のざわめきがいっせいに飛び込んでくる。気が付くと、そこは僕の部屋ではなかった。地下からの階段を上り切って、ちょうど地上に出るところ。あたりを見回すと、見覚えのある場所だった。国塚あおいの勤め先の近く、江戸川橋の駅の出口だった。  しばしの混乱ののち、どうやらまた記憶が飛んだらしいということを理解した。部屋を出て、どうやってここまで来たのかをまったく覚えていない。これじゃまるで夢遊病みたいじゃないかと背筋が寒くなる。 「まったく……何なんだよこれは」
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