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 僕は「そうですか……」と残念そうな顔を作りながらも、内心では大きく安堵していた。もしも「ではこちらへどうぞ」なんて案内されたら、どう誤魔化せばいいかまでは考えていなかったからだ。どうやら会社に戻ってくるのは、早くても夕方になるらしい。 「ありがとうございます。それでは、日を改めてまた伺わせていただきます」 「わかりました。それでは、貴方のことはお伝えしておきますね?」 「いえ、それには及びません。こういったことを人づてにするとお気を悪くされるかもしれませんので。また後日、自分でアポイントをいただいてから参ります」  深く頭を下げて辞去し、会社をあとにした。もちろんその橋場氏なる人物が昨夜の男なのかを確かめる必要はあったが、それは直接対面しなくても方法はある。  五分ほど歩いて、もう十分離れたと思ったところでまた手近な店に入った。そうして携帯電話でフェイスブックを開き、会社の名前と橋場という苗字で検索する。するとすぐに引っ掛かった。どうやらあの男も、椿さん曰くの個人情報露出狂のひとりだったらしい。一週間ほど前にアップされた写真の中で、湖をバックに娘ふたりと並んで写っている男の顔は、確かに昨夜のいんちき臭い色男のものだった。 「……ビンゴ」  小声で呟いて、小さく拳を握った。さて、次はこの男がどんなトラブルを抱えているのかを探り出すことだ。何だかだんだん、探偵の仕事らしくなってきた。  画面を下にスクロールさせて、更新を新しい順に流し読みしていく。どうやら彼はサーフィンが趣味らしく、休日はよく海に行っているらしい。この季節でもよく日に焼けているのはそのためか。ふたりの娘はそれぞれ十二歳と九歳で、度々家族揃って海へと出ているらしい。  アップされた写真の中で、四人は肩を寄せ合って幸せそうに笑っている。こうして見る限りでは、家族仲はすごぶる良好なようだった。橋場氏もまた、良き夫であり良き父親としか見えない。 「これもまた、一種のミロワールなんだろうな……」  僕は思ったことをつぶやいていた。ウェブ上の仮想空間に映し出された、理想的な虚像。しかし実際のところ、夫婦仲はとうてい良好とは言えないはず。
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