0人が本棚に入れています
本棚に追加
「お前のベルトコンベアのこと、このまえ考えたんだけどさ。そのつまんねえ運命みたいなものに、一回抗ってみたらどうかな? こっちから振るとか、そもそも出会った女と付き合わないとか」
どうしてだろう、とぼくはXさんに訊いた。
解んないよ、と答えた彼女は、二十一人目の交際相手で、いつも目を見て返答するけども、示唆に富む発言はしてくれない。
本棚の前には、Cさんが濫読していった漫画がまだ何十冊も積んであった。それらを片付け終わったころ、Iくんが国に帰ると決まった。みんな惜しんだ。
見送りには、嘘みたいに女の人がいっぱい来た。入場券片手にホームを埋める彼女らを見て、ぼくは、この中にIくんと潔癖を共有できる人はいなかったのだな、と思った。やっぱりなにか足りていないのではないか。
Iくんは恰好いい笑顔で手を振って、揚々と去った。
電車が朝霞に消えたとき、女の人たちは一様に肩を落とした。急速に駅舎を埋めた欠落感が、ぼくにまでのしかかってきた。
水滴の染みた皮手袋が目に浮かぶ。こんなことならIくんは、潔癖くらいちょっと譲歩して、この中の誰かと結婚し、ここに残るべきだったのではないかと思った、ぞろぞろ改札に向かう、沈んだ顔の行列を作り出してしまうくらいなら。
でもたぶん彼女らは、Iくんの結婚を心から祝福できるだろう。そのくらいの人望が彼にはある。絶対。だって今彼女らは肩を組んで歩いているのだ。
最初のコメントを投稿しよう!