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私は右利きで、左手を使わないでおこうと思えば特に問題はなかった。見知らぬ人に悪意をぶつけられるのが苦しかったので、人混みに行くときだけは手をポケットに入れたりしていたが、日常生活には驚くほど支障がない。寧ろ私を全く認識していない人を見つけると少し寂しい気持ちになったし、今日の綾音は二重がキレイだなぁ、なんて自分では気づかない私を知るのは楽しかった。人の気持ちを覗き込むのはこの上なく刺激的だったのだ。
だから、珍しく髪を下ろした日、その反応が知りたくてうきうきしながら親友の瑠華の手をとった。
こんなにもまっすぐに、「嫌い」の気持ちが流れ込んでくるとは思わずに。
帰りのバスに腰を掛けながら、ロータリーで歓談する2つの影を見つめた。瑠華とその双子の兄、優だった。私に向けられた笑顔も、同じものだと思っていたのにな、それとも実は瑠華は誰にも心を開いていないのかな、だから私のことも誰のことも好きではないのかだろうか、それなら私まで瑠華を敬遠しちゃダメだなあ…そもそも私に流れ込んでくる気持ちは本物なのか、証拠なんて残っていないのに、でもあのとき確かに私は感じたんだ、混じりっ気のない嫌悪を…私、意外と冷静だな、でもやっぱり、悲しくて淋しい…私らしくない気持ちがうろうろする。バスが止まるたびに、私の何がいけなかったのかについて不安気な選択肢が浮かんで消えた。
今までにない精神状態だった。暗いことに思いを巡らすのを止められない程には打撃を受けていたし、でも今の自分が周りにどう写っているか考える余裕はあった。例えば隣でバスに揺られる一輝はもう十何年も幼馴染をやっているし、今でもこうやってよく一緒に満員の登下校を乗り切ってくれるのだから、私に何かあったと気づいているだろう。そしてその上で、何も言わずにいてくれているのだ。…誰の手にも触れていないのに、そんなことまで想像していた。
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