2人が本棚に入れています
本棚に追加
体育の時間だけが少し面倒だった。ペアでのストレッチや物の受け渡しが多く、どうしても誰かの気持ちが入り込んでくる。瑠華の件で私は少し疲れていた。
その日の体育は、何人もいるラインズマンの仕事を持て余し、うろうろしていた。もう何百回目になるか、瑠華の気持ちをまた想像しながら、飛び交うバスケットボールをぼんやりと目で追う。試合中の誰かがこっちをちらっと見て目を見開いたかと思うと、男子からのパスという名のデッドボールが背中に直撃した。ちょっとよろけたけれど、別段怪我はしていない。ただ何となく憂鬱な気分だったので、保健室に行きますと言って出てきてしまった。
嘘を付くのも何なので、保健室に行く。背中にボールが当たったんですと言って、まあ大丈夫そうですねと分かりきったことを教えてもらう。授業もあと10分だし戻るのもどうかとごねて居座った。やっぱりあの日からのことをぐるぐると思い起こす。
2ヶ月も経つと、私の周囲はガラッと変わってしまっていた。瑠華が7割だった人間関係は、幼馴染の一輝が2割、私の名を呼ぶ優が1割、残りをクラスメイトで等分みたいになっていた。
私の中身はもっとちぐはぐだった。瑠華のことは依然として気になり続けていたが、何よりいつの間にか、よく響く優のテノールを待つ私がいた。
そっかあ、と、自分の中の自分が考えている。気持ちっていうのは、言葉で表せるんだなあ。私に流れ込んでくる気持ちも、いつもはっきり言語化されている。
優に対する気持ちを言語化しようとした時に、彼が保健室のドアを開けた。
「ごめん綾音、怪我してなかったか」
彼の目を見られないのは、座った私と立ったままの優の、いつもと違う身長差のせいなのだろうか。
「大丈夫だよ。あのボール優が投げたの」
「いや、僕が取れなかった」
普通は投げたほうが謝りに来るでしょう、なんて無粋なことは閉じ込める。
「ありがとう、でも平気だったよ」
優の後ろの西日が眩しかった。
最初のコメントを投稿しよう!