私の左手と、君の心の中。

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 満員のバスの中で流れ込んできた気持ちは、今度は紛れもなく「好き」だった。  はっとしてその目を見つめる。どうして今日に限って、ポケットに手を入れていなかったのだろう。それとも遅かれ早かれこの日が来たのだろうか。隣に立つ一輝の表情が、どうしてか強張っているのに気づいていた。  よくわからない沈黙が流れる。長いようで、短いようで、たぶん1駅分くらいだったのだろう。告白された気持ちになっていたが、本当は二人の関係になんの変化もないのだ。  車内の喧騒がひときわ高まった瞬間、視線を合わせて一輝が呟いた。 「告白したらどう」 「なに、なに、だれに、なにを」 視線を外したのは私だ。私の負けだった。 「優だよ。好きなんでしょ」 一輝はもう遠慮していなかった。 「好きだよ」 私も隠す気はなかった。 「好きだけど…好きってなにか、わかんないよ」 好きとか嫌いとか簡単に言うけれど、そこに詰まっている思いはもっと色んな要素でできている。今さっき私が受け取った好きも、私の優への気持ちとは違うのだろう。 気持ちって、言葉にできるんだっけ。 「なんで優が好きなのかとか、なんでこの気持ちを好きと名付けたのかとか、全然ちゃんと解れない」 言葉にしながら、自分の心が整っていくのを感じる。 「たぶん、好きってそういうものじゃないよ。  同じ言葉で表されてるだけ。中身は綾音だけのものでいいんじゃない」 気持ちが形になってくる。そして最後の一手さえ、一輝に頼ろうとしている。 「…例えばこんなに素直に話ができるのは、私が一輝を好きだからでしょ。いろんな気持ちがあるとしたら、私の好きが何なのか、ずっと分かれないかもしれない」 一輝は眉をひそめて、それから笑った。 「でも、2つの好きが違うのはわかってるんじゃないかな。  信じてくれると思うから、答えをあげるよ。俺への気持ちは恋じゃない。伝わってきたよ」  もしかして一輝も・・・なんて訊けなくて、困り顔のまま私も笑った。信じるよ、と言ったら、一輝は満足そうに頷いていた。
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