2人が本棚に入れています
本棚に追加
満員のバスの中で流れ込んできた気持ちは、今度は紛れもなく「好き」だった。
はっとしてその目を見つめる。どうして今日に限って、ポケットに手を入れていなかったのだろう。それとも遅かれ早かれこの日が来たのだろうか。隣に立つ一輝の表情が、どうしてか強張っているのに気づいていた。
よくわからない沈黙が流れる。長いようで、短いようで、たぶん1駅分くらいだったのだろう。告白された気持ちになっていたが、本当は二人の関係になんの変化もないのだ。
車内の喧騒がひときわ高まった瞬間、視線を合わせて一輝が呟いた。
「告白したらどう」
「なに、なに、だれに、なにを」
視線を外したのは私だ。私の負けだった。
「優だよ。好きなんでしょ」
一輝はもう遠慮していなかった。
「好きだよ」
私も隠す気はなかった。
「好きだけど…好きってなにか、わかんないよ」
好きとか嫌いとか簡単に言うけれど、そこに詰まっている思いはもっと色んな要素でできている。今さっき私が受け取った好きも、私の優への気持ちとは違うのだろう。
気持ちって、言葉にできるんだっけ。
「なんで優が好きなのかとか、なんでこの気持ちを好きと名付けたのかとか、全然ちゃんと解れない」
言葉にしながら、自分の心が整っていくのを感じる。
「たぶん、好きってそういうものじゃないよ。
同じ言葉で表されてるだけ。中身は綾音だけのものでいいんじゃない」
気持ちが形になってくる。そして最後の一手さえ、一輝に頼ろうとしている。
「…例えばこんなに素直に話ができるのは、私が一輝を好きだからでしょ。いろんな気持ちがあるとしたら、私の好きが何なのか、ずっと分かれないかもしれない」
一輝は眉をひそめて、それから笑った。
「でも、2つの好きが違うのはわかってるんじゃないかな。
信じてくれると思うから、答えをあげるよ。俺への気持ちは恋じゃない。伝わってきたよ」
もしかして一輝も・・・なんて訊けなくて、困り顔のまま私も笑った。信じるよ、と言ったら、一輝は満足そうに頷いていた。
最初のコメントを投稿しよう!