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「きのう警察に」センチメンタルたけしが、底に張り付いたかつおぶしを、つまめないくせに割り箸でいじくりながらだらだらと、「話聞かれた」 その日は体育祭の代休だった。フードコートは空いていた。 モールで遊びまわり遊び呆け遊びつくすなんていかにも田舎くさく、俺たち生徒は恥ずかしくてならなかった。それでも文句は垂れなかった。この町で生まれたんだから仕方ない、と暗黙の達観を共有していたから。 「なんて?」アジアンビューティ樹真が、気のないふうを装って訊いた。照れて興味を隠しているのではない。自分だけフルスロットルになって輪を乱すのを避けている。 「不審者見たかって」たけしはかつおぶし一掃を断念した。箸を置いた。 「そんな捜査するのか」俺は一応声を出す。半開きの目で、とか、背もたれに自重を預けて、とか気だるげな演出はせず、たけしの目を見て、誠意を込めて。やはり輪を乱さないために。怯えているのではない。平和のためだ。俺たちはみんなそうしていた。 ただしたけしは異分子だ。こいつは感情の機微に鈍感で、盲目的に突っ走るきらいがあり、いまも、 「本格的じゃなくて、制服警官が見回りついでに、って空気だったけどさ、僕、入場門片付けるのに駆り出されて遅くなって、一人で歩いてたら声掛けられて、ほら僕んちって現場のビルの近くじゃん、だから目え付けられて、『きのう誰か見なかったか』ってさ、やっぱりあれっていい気分がするもんじゃないな、なんか自分が重罪犯に思えてくるんだよ」 黄ばんだたこのかすを飛ばしながら、オチもない話をとうとうとした。
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