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丹念に話を聞きながらも、たけしが、学校ジャージのほつれた裾を両の中指でつまむのを見ていた。
樹真も同じようにしているのが横目で解る。あやうい仲間意識が生まれそうでむずがゆく、糸から目を逸らした。
「お前がやったんじゃねえのか」と俺がいじったのはガス抜きのためだが、たけしが奇形のウサギを待ち受けにするような変人気取りの少年だったから、本当らしくなった。
一瞬香った危うい空気は、「僕は殺してない」とたけしがバカまじめに答え、トイレに立ったことで解消した。
顔の上半分を崩さないまま、樹真は取りなすように歯を見せて、顎のラインを引き下げた。シャープで整った輪郭だ。しかし樹真は誰の告白も受理しないことで有名だった。もっとも仮に恋人がいても、きっとすべて秘密裏に運ぶ。
樹真は離れた吊り目でたけしを追いながら言った。「普通、この瞬間に陰口を叩くんだろうね」
「だな」とやりとりしつつも、叩かない、と二人とも知っている。
「叩くやつの気が知れないけど」
「そこまでのエネルギーがねえからな」
という俺の返し。老成を気取っているみたいで鼻についたろうから、あとでわざとゲーセンに誘って子どもらしさをアピールするが、別にそれを負担とは感じない。普通だ。俺たちは器用で、心を砕かずとも簡単にバランスを保てる。
「高校決めた?」樹真が容器を取りながら訊いた。容器はいびつだが小気味よく重なった。
「俺んち引っ越すから、東京のどっか」
「ああそうだっけ」
「そっちは?」
「適当に。近くの」
俺たちは望まない。望まないから争わない。だからこそこうやって、本来ならカーストの合わない三人で組になって、遊びに繰り出すことができる。
クラスにはグループがあったが、時には今日みたいに、垣根を越えて寄りあう。お互いのテリトリーは守りながら。もちろんその平和が、きっかけ一つで壊れるもろいものであるとも知っている。俺たちは努力する。普通にできる努力を。
ジャージの裾で手を拭きながら、たけしが歩いてくる。撫でつけられた糸が生地に同化している。一つの命に許可なくペニスを挿し込み、勝手に首ちょんぱしたという彼はその夜捕まった。一報を朝礼で受けた俺たちが口にしたのは、揃って「あーそう」だ。
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