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この季節は夜になると急に冷え込むので、開店時は開け放していた引き戸も今は閉めてある。さや果は、少し滑りの悪いそれを、勢い良く一息で開けた。
「わっ」
「えっ?」
すると重なる、驚いた声。眼前に広がる「びすむんえ」を挟んで、誰かと向かい合った。
ワイシャツの袖を肘あたりまで捲った腕の先、戸にかけ損ねた右手が行き場を失っていた。暖簾で丁度顔が隠れているが、男性のようだ。困惑した口元だけが下から覗く。
「あ、すみません、今日はもう、ラストオーダー終わっちゃって…」
さや果が小さく頭を下げると、彼は郵便受けを覗くような仕草で暖簾を捲り顔を出す。
「えっ?」
――初めて瞳に映ったのは、下りた前髪の隙間から、かすかに覗く長い睫毛。
「あ!やーっと帰ってきたよ、一年生!」
つぶれかけていた暁奈が体を飛び起こし、お帰りとばかりになぜか串入れを掲げた。そしてそのまま、また突っ伏した。
「お疲れさま」
美乃梨もまた、肩で爆睡する桃矢の頭が落ちないようその襟首を掴んでから、入り口のほうへ首だけを回して淡々と出迎えを口にする。
「?」
続々と背中を飛び越えていく二人の声を聞き、さや果はゆっくり顔を上げる。そこにいる彼はぴらりと暖簾を掬い上げたままの格好で、じっと不思議そうに目の前の彼女を見ていた。
――次に映ったのは、長い睫毛からゆっくりと現れ出た、少し気の弱そうな瞳。
彼の目が僅かに見開かれたことには、この時さや果はまだ気付けない。
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