きょうへいくん

1/11
247人が本棚に入れています
本棚に追加
/398ページ

きょうへいくん

 結局この日、それ以降の来客はなかった。  健さんたちは、奥様方にどやされるのを懸念してか、酒はほろ酔い程度にとどめ、二十二時を目処にしっかりとした足取りで帰っていった。  利益としてはありがたくないことなのだろうが、そんなに忙しくなかったお陰で、さや果には落ち着いて考えながら動く余裕もあり、大体仕事の流れは掴めた。初出勤の手応えを感じているところである。  だがこの店の一番の大仕事は、ここからなのかもしれない。 「ちょーっ…とおー!びーるまだあー!?ばんばん!!」  自前の擬音とともに左手で激しくテーブルを打ち付けると、予測不能にゆらめく上体。たまに右手で支えてはいるが、いつ倒れても不思議ではない。大股を広げる彼女は、いくらパンツスタイルでも目を覆う有り様だ。 「お行儀悪いですよ、暁奈さん」  右肩に熟睡する桃矢の頭を乗せ、夕方と同じペースでちびちび飲み続ける美乃梨は、今や唯一の生き残り。 「もうラストオーダー終わってますから…」  さや果は暁奈の脚をそっと閉じにかかるが、鳴りやまない一人ビールコールに圧倒されるばかり。対して美乃梨は慣れているのだろう、まったく動じていない。 「さや果、そっちはいつものことだからいいよ。暖簾下ろしてきて」  店は二十三時にラストオーダーを取り終えて、〇時には閉店する。そのため、この間に暖簾を下ろして表の電球を切るのが閉店作業の一番の仕事。厨房の状況を確認しては発注書とにらめっこする兼行の指示に従い、さや果も諦めて入り口に向かう。
/398ページ

最初のコメントを投稿しよう!